「山神様退治」


昔々、ある村の山奥に「山神様」という鬼がいて、たいそう村人に悪さをしていたそうな。
田畑を荒らしたり、牛馬を喰らったり、大水を出して村が流されることもあった。
耐えられなくなった村人達は山神様に村で悪さをしないように頼み込んだ。
山神様は承諾したが、その代わり10年に1度村の男を1人生贄として差し出すことを約束させた。

そしてある時、喜作という若者が生贄に選ばれた。
彼は村のために生贄になる覚悟を持っていたが、ただで自分を山神様にくれてやる気もなかった。
隙あらば退治してやろうと家にあった酒樽と鍬を背負って、喜作は生贄として山奥に向かった。

山奥に入ってしばらくすると、どこからか人の声が聞こえた。
声のする方へ歩いていくと、若い女の子がいた。
「足を怪我して歩けません。どうか家まで運んで下さい。」
大変可愛らしい女の子なので、喜作は惚れて、こう言った。
「私の嫁になってくれるなら、助けてやりましょう。」
女の子は、はいと頷いた。喜作は女の子を抱きかかえ、その子の家へ歩いた。

女の子の家に着くと、喜作は女の子を床に降ろした。
そして持ってきた酒を女の子の足の傷にかけてやった。
「ありがとうございます。どうか貴方の名前をお聞かせ下さいませ。」
「私は、この下の村に住む喜作という者です。貴女のお名前は何というのでしょう。」
喜作が名前を聞くと、女の子の表情が険しく変わった。
「村の人たちは、私のことを『山神様』と呼びます。」
そう言うと、家は消え失せて女の子の体はたちまち大木のように大きくなった。

「そなたが今年の生贄の喜作かい。わらわがこの山々を統べる山神じゃ。
 10年待ち続けて腹が減って仕方がない。今すぐにでもそなたを喰ろうてやるからな。」
いきなりのことに呆然と見ていた喜作だったが、やがて我に返り、考えた。
こんなにも大きな山神様と闘っても倒せる見込みはない。
しばらく考えた後、喜作はこう言った。
「私はこの通り小さな人間です。抗ってどうなるものではありません。
 一思いに食べてしまって下さい。但し、1つだけ約束して戴けませんか。」

「何じゃ、これから喰われる者が何を求めるのかわからぬが、何でも約束してやろう。」
「私を食べるときは、口の中で噛まずにそのまま飲み込んで下さい。」
山神様は、何だそんなことか、という顔をして
「よしよしわかった。それだけじゃな。それではいただくぞ。あーん。」
山神様は胡座をかいていた喜作をひょいと摘み上げ、
大きく口を開けてその中に喜作をぱくりと放り込んだ。
10年ぶりの食事に、唾が沢山出て、喜作は楽に飲み込まれた。
山神様は大満足の顔で、山の中に座り込んだ。

山神様に丸飲みされた喜作は喉を通って、胃の中に落ちた。
喜作はまず背負っていた酒樽の蓋を開け、酒を胃の中に全部流し出した。
そんなことはつゆ知らず、山神様は急に眠気を催し、ガーガーと寝入ってしまった。
山神様が熟睡したことを確かめると、
喜作はお腹の中をよじ登って再び口の中に戻ってきた。

山神様の口の中に戻ってきた喜作は奥歯を探った。
そして1本の奥歯を見定めると、その根元に鍬を当て、てこのようにして奥歯を抜き始めた。
「いたたたたた!」
激しい痛みで山神様は目を覚ました。
「何じゃ何じゃ、いきなり歯が痛み出したぞ、あいたたたた、痛い痛い。」
喜作は、山神様の口の中で
「この悪い山鬼め、お前の歯なんか全部抜いてやるぞ」と叫んだ。
「痛い、痛い、やめてくれ。いや、やめて下さい。」と山神様は泣きながら懇願する。
「よしよし、では私の言うことを3つ聞け。約束できたら歯は抜かないでやる。
 1つめは、これから村人を1人も食べないこと。
 2つめは、引き続きこれからも村に悪さをしないこと。」
「わかりました、約束します。だから歯を抜かないで下さい。」
山神様は涙を大量に流して喜作の言うことをきいた。
「よしよしわかった。そして最後の3つめは、最初に私が言った約束を守ることだ。」

こうして、これ以来村から生贄を出すことはなくなり、村は本当に平和になった。
山神様を妻に迎えた喜作は村人に尊敬され、村の長となって夫婦幸せに暮らした。
そしてここから、妻のことを「山の神」、また「おかみさん」と呼ぶようになったそうな。

ヲハリ

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