理科実習-粒津武小学校6年3組の場合-


「みなさん、今日は待ちに待った理科の実習です。とても危険なので、先生の言うことをよく聞いて
自分勝手な行動をしないように」
「はーい」
「それでは理科室へ移動しまーす」

 粒津武小学校6年3組、生徒数39人。
 担任の田辺麗(23)は教師になって初めての引率と言うこともあり、緊張していたがそれも無理からぬ
ことであった。
 何しろ、今回の実習と言うのは諸般の事情で生徒に全く事前説明をしないまま強行されるのだ。その行き先は
「人間の体の中」である。
 現在の学習指導要領では小学6年の理科で人体の構造を教えるのだが、ここ粒津武小学校は九井景大学
医学部と工学部の共同実験モデル校に指定されてしまい「ミクロ化して人間の体の中を探検しながら学習する」
と言う突拍子もないことを今年からやることになってしまったのだ。
 そして、同じ学年の教師が尻込みする中でくじ引きの結果、麗が受け持つ3組がいちばん最初に
この無謀な実習をやることになってしまったのであった。

 30分後。
 理科室を埋め尽くすほど大がかりな物体縮小装置によって訳もわからないまま1.3〜16.センチに縮小された
6年3組一行・合計40名はなぜかスプーンでスープ皿の上に乗せられ、家庭科室へ運ばれて行った。

 粒津武小学校・家庭科室。
「いいですか? 今からちょっと変わった料理を食べてもらいます」
「はい」
「決して体に毒ではないですから安心してください。それと、料理は絶対に噛まず舌で転がしながらよく味わい、
最後に丸呑みしてください」
「はい」
 6年1組担任・尾留富須世(46)は教え子である清田伊奈子にくどくどと新種の「料理」――と言っても、特に
変わった調理を施したものではないのだが――についての事前説明を施していた。
 そして数分後。
「さぁ、どうぞ」
 伊奈子の前に出されたスープ皿にはスープは入っておらず、ミニチュアサイズの人間のようなものが40匹ほど
スープ皿を見下ろす伊奈子に驚いたかのようにワーワー、キーキーとわめいていた。
「あの、先生、これって……」
「『つぶ人間の活け作り』です。黙ってお食べなさい」
「……やだ、なんか気持ち悪い」
 伊奈子は皿の中でひしめき合っているつぶ人間たちの中になんだか見たことのある顔がいくつもあるような
気がした。と言っても、そんな気がしただけで小さすぎて確かめるのは無理そうだったが。
 伊奈子は恐る恐る手にしたスプーンで皿の中身を掬い上げた。

「うわーっ! 助けてっ! 僕、食べられれちゃう!」
「紫由くん!」
「……あわわわ……伊奈子ちゃんが僕たちを食べちゃうなんて……」
 訳もわからずミクロ化され、学年のアイドル・伊奈子に美味しく(?)いただかれることになってしまった6年3組
一行はスープ皿の上で完全にパニック状態だった。
 スープ皿は縁に油でも塗ってあるのかツルツルして登れない。このまま伊奈子の繰り出すスプーンに運ばれて
口の中へ放り込まれるしか無いのだ。
「みんな、落ち着いて! ちゃんと先生の引率に着いて来れば無事に帰れますから」
 麗は担任としてパニクっている生徒たちを鎮めようと必死になったが、スープ皿の上で繰り広げられる
小さな混乱は拡大するばかりであった。
 ポイッ、パクッ、モグモグ
「きゃぁぁぁぁぁ!」
「ひぇぇぇぇぇっ!」
 2分後、総勢40名の6年3組一行は全員が伊奈子の口の中へ放り込まれてしまっていた。

「あわわわわ……」
 伊奈子が口の中でモグモグする度に6年3組の生徒たちはもみ合いへし合い、唾液でベトベトになって行く。
「やだぁ、気持ち悪〜い」
 途中、前歯や奥歯がカチッと音を鳴らすたびに口の中でその音がこだまし、生徒たちを恐怖に陥れる。
「ひぇぇ、あんな歯で噛み潰されたら死んじゃうよ〜」
 その中で、4年まで伊奈子と同じクラスだった紫由倫佳は目の前で繰り広げられるこの世の物とは思えない
後継に、特に激しく衝撃を受けていた。
(……そんな、伊奈子ちゃんがこのギロチンみたいな歯で僕たちを噛みちぎって食べてしまうなんて……)
「いやだぁぁぁぁぁーっ!!」
 倫佳は全身をのけぞらせて伊奈子の舌の上を転げ回り、真っ暗な洞窟を思わせる口腔の奥深くへ単身、
飛び込んで行った。

「――えっ?」
 口の中で蠢くつぶ人間たちを噛み潰すまいと全神経を集中させながら舌で転がし続けていた伊奈子は、
聞き覚えのある叫び声をかすかに――それでいて、ハッキリと耳にした。
「……なんだか今、誰かが『いやだ』って叫んでたような……」
 その声に聞き覚えがあるのは確かだが、どうしても思い出せない。
「……やっぱり気持ち悪いな、でもちゃんと食べないと先生に怒られるし……」
 伊奈子は意を決して、口の中でモゴモゴしているつぶ人間たちをのどの奥へ追い立てた。
 ゴクリッ

 さっきよりも数え切れないほど多くの断末魔の叫びが、伊奈子ののどの奥でかすかにこだました。

 ごくん!

 伊奈子は6年3組の総勢40名――正確には、先に食道へ飛び込んだ倫佳を除く39名の塊を、音を立てて
飲み込んだ。
「助けてぇー!」
「いやだぁーッ! 早くここから出たいー!」
 全身唾液まみれの生徒たちは自分たちを否応なく食道へ突き落とそうとする舌の動きに抵抗し、ある者は
必死の形相で味蕾に掴まりながら踏ん張り、ある者は真っ暗闇の口腔にテカテカと光る口蓋垂へ手を伸ばし
なんとか助かろうとする。その光景に、普段はあれほど大事な価値観として教え込まれているはずの協力とか
助け合いなんてものは微塵も感じられない。誰も彼もが、自分だけは助かりたい一心で行動していた。
「先生! 江狭くんが閉じこめられました!」
 生徒の1人は舌の付け根で踏ん張っていたが、唾液で足を滑らせ気管の奥底へ真っ逆さまに転落して行った。
そして次の瞬間、無惨にも軟口蓋が閉じられ38人の塊は大きく開かれた食道へと突き落とされたのであった。

 嚥下の瞬間、伊奈子は何とも形容のし難い優越感に浸っていた。昔から「喉元過ぎれば熱さ忘れる」と言うが、
さっきまであれほど気持ち悪いと思っていたはずの「つぶ人間」たちが自分のふくらみかけた胸の奥底をまるで
地下水脈のように伝う食道の中で筋肉の激流に揉まれ、彼らのサイズから見ればきっと体育館のように広大な
胃袋の中へ送り込まれるのだ。その中で彼らは自分とひとつになる。
 そのことに想いを巡らせた伊奈子にとって、自分の中のつぶ人間たちはこれ以上無いと言うぐらいに愛おしい
存在となっていた。

 ひと塊となって伊奈子に飲み込まれた38人よりも先に食道を滑り落ちて、力強く開閉を繰り返す噴門から
胃の中へ送り込まれた倫佳は、その余りの広大さに愕然とするより他は無かった。
 周囲には酸っぱい香気が充満しており、頭上からはドクン、ドクンと心臓が規則正しく全身に血液を送り出す
音が鳴り響いている。そして、不気味にうねる胃壁の襞からは胃液が染み出して、シャワシャワと小川のような
せせらぎを形作っている。
「そんな……」
 いくらクラス替えで疎遠になったとは言え、倫佳にとって「美少女」と言えば真っ先に伊奈子が思い浮かぶ
ことは今もって変わりが無かった。実際、4年まで同じクラスだった間は2人とも相思相愛とは言わないまでも
まんざらでもない仲だったのだ。
 その伊奈子が自分を食べてしまうなんて。
 それにも増して目前に拡がる光景は、倫佳にとってこれ以上は無いと言うほど残酷な現実を見せつける
ものであった。
 倫佳は伊奈子の長くて艶やかな髪、つぶらな瞳、小さくかわいらしい口、白くてすらっとした指のどれもが
まさしく「美少女」と呼ぶにふさわしいパーツだと思っていた。しかし、あのかわいらしい口から時おりチラッと
見える歯がつい今しがた、自分を情け容赦無く噛み潰そうとした。それ以上に目の前の光景と来たら!
この大ざっぱにうねり、酸っぱい香気を漂わせているピンク色の襞が伊奈子の体を形作っているとはとても
信じられない。しかし、信じようが信じまいがこれだけが倫佳を取り巻く現実なのだ。その時、
 ビュクッ

 大きな音を立てて噴門が開き、唾液まみれの38人がひと塊となって胃の中へなだれ込んで来た。

「いててて……」
「あーん、もうやだぁ〜」
 数人の生徒は噴門から勢いよく放出され、胃底部に叩き付けられて全身を強打したらしく芋虫のように
うずくまってピクピクと痙攣するのが精一杯のようだった。
「……俺たち、あそこからここまで落ちて来たんだ」
 ある生徒が後ろを振り返り、はるか高くに小さく見える噴門を凝視しながら呟いた。
「どうしよう、早くここから脱出しないとあたしたち、きっと胃液で溶かされちゃう」
「心配しないで、先生が付いてるから」
「じゃあ先生、みんなで協力して噴門まで登りましょう」
 眼鏡をかけた秀才肌の生徒が提案する。
「噴門を一斉に刺激すれば清田さんが嘔吐を催して外に出られるかも知れません」
「そんなこと言ってお前、失敗したらどうすんだよ」
「このままオロオロしていたらドロドロに消化されるだけですよ?」
「えーっ、そんなのやだよぅ」
「じゃあ、手伝ってください」
 こうして数人の生徒が先遣隊となって断崖絶壁のような胃壁を噴門に向かって登り始めた。
 しかし、倫佳は必死になって生き残ろうとあがく生徒たちを冷めた目で見つめるだけだった。
「紫由くんも手伝ってくれない?」
「……嫌です」
「どうして? お家に帰りたいでしょ?」
「別に帰りたくありません。こんな目に遭って助かる訳無いんですから」
「何か事情があるの? 先生にだけ、話してくれないかな」
 担任としての務めを果たそうと躍起になっている麗の行動にさえ、倫佳は心を開こうとはしなかった。
「もう、放っといてくださいよ!」
「あっ、待って!」
 倫佳は麗の制止を振り切り、小さな胃液溜まりがいくつか出来ている胃底部へ駆け出して行った。
「そっちは危ないから戻って……きゃっ!」
 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ

 突然、胃の中を激しい振動が襲った。消化活動が始まったのだ。
 噴門へよじ登ろうとしていた生徒たちは必死に胃壁の襞を掴んで踏ん張ったが、ある者は振り落とされ、
またある者は噴出した胃液に肌を灼かれながら胃液溜まりへ押し流された。
「……ふぅ、どうやら収まったみたいですね」
 しかし、今の蠕動で胃液が大量に分泌されたせいでさっきは水溜まり程度だった胃底部の胃液溜まりは
今や湖のような大きさになってしまっている。さっき胃液溜まりへ振り落とされた何人かは火傷を負いながら
自力で湖岸に這い上がり、どうにか生き延びたようだったが噴門から飛び出した時に全身を打ち付け、
胃底部でうずくまっていた者たちは――彼らがうずくまっていたあたりの湖面からは、コポコポと気泡が
立っているだけだった。
「あわわわわ……」
「残念だけどあの子たちのことは諦めましょう。運が無かったのよ……」
 麗は言っている自分の冷酷さに嫌気が差していたが、だからと言って無理に助けようとすると犠牲者が
増えるだけなのは誰の目にも明らかだった。
 しかし、 伊奈子の胃壁は原始的かつ動物的本能の赴くまま、友を失った悲しみと無力感に打ちひしがれる
生徒たちに情け容赦無く、内なる獲物を逃すまいと、そして彼らを確実に自らの血肉にせんと縦横無尽に
暴れ回った。
 嵐のように振動を繰り返す胃壁からは瀑布のように胃液が噴出し、6年3組の生徒たちは抵抗する術も無く
次々と強酸の激流に呑み込まれ、押し流された。
「あぢぃ!」
「いでぇよぉー」
 倫佳は既に最期の瞬間を覚悟していた。あの虫も殺せなさそうな美少女が体の中で無意識のうちに、
こうやって獰猛に自分のクラスメートたちを次々と死の淵に追い立てている。素晴らしいじゃないか。
これほど美しいギャップがこの世に存在するだろうか。やはり自分の最愛の異性は伊奈子以外には
考えられない。倫佳はそう確信した。

 伊奈子の胃の中で大量かつ小規模なジェノサイドが繰り広げられている頃、伊奈子は下校の準備を
していた。
「ねぇ、清田さんも『あれ』食べたんでしょ?」
「えっ、朋ちゃんなんで知ってるの?」
 伊奈子はクラスメートの小尾朋絵が唐突に昼食の話題を振って来たことに驚いた。そう言えば朋絵は
伊奈子が教室へ戻って来た後で入れ替わるように家庭科室へ行っていたんだっけ。
「実はあたしもさっき『あれ』食べたんだよね」
 朋絵はペロッと舌を出しながら悪戯っぽく呟いた。
「なんか呑み込む瞬間が癖になりそうだと思わない?」
「う、うん」
 自分で決断して呑み込んだ直後はともかく、自分だけのささやかな優越感だと思っていたことを他人に
同意するよう求められても、伊奈子は返答に窮するより他は無かった。
「だけどさぁ、先生から『絶対に噛むな』って言われてたけどついうっかり噛み潰しちゃったんだよね。
『プチッ』って音しちゃったけどその時、先生がトイレに行ってたから気付かれなかったわ」
「ふーん」
「ほら、清田さんもこうやってお腹に手を当ててみて。モゾモゾ動いてるのがわかるでしょ?」
 伊奈子は恐る恐るシャツをめくり上げ、自分のお腹に手を当ててみた。
「わっ、ほんとだー」
「なんか妊婦さんみたいだね」
「……そうかなー」
「あーっ、もうすぐ塾始まっちゃう。んじゃ」
「バイバーイ」
 朋絵と別れた伊奈子は6年2組と3組の教室に全く人の気配が感じられず、シーンと静まりかえって
いることを妙に思ったが校門をくぐると、そんな疑念も霧のようにどこかへ消えてしまった。

「あー、なんか喉乾いちゃったな」
 自宅への帰路、伊奈子はいつも学校に持参している水筒を補助鞄から取り出してキャップを緩め、
おもむろにお茶を注ぐと一気に飲み干した。
「んぐ、んぐっ」
 ゴクゴクゴク

 ゴゴゴゴゴゴ
 伊奈子にとってはほんの少量に過ぎないお茶は、胃の中の生徒たちにとっては未曾有の大洪水として
押し寄せる。
 グワッ、ドバァーッ

 大きく開け放たれた噴門からは乾いた食道を瞬時に潤したお茶が勢いよくなだれ込み、胃壁の湖岸で
束の間の休息を取っていた生徒たちをあっと言う間に押し流してしまった。
「きゃぁっ! あたし、泳げないのに!」
「あぷ、あぷっ」
 しかし、このお茶が結果的に生徒たちの助けとなったことに彼らが気付くまで、それほど多くの時間は
かからなかった。
「……お陰で、胃液の濃度がかなり薄められたみたいだね」
「ほんとだ。さっきより酸っぱい香りがしなくなったみたい」
 伊奈子の胃はすっかりお茶で満たされ、生き残った者たちが噴門までたどり付くことはさっきまでの
苦労が嘘のように容易に達せられた。

 気管に転落した1人と胃の底から逃げ遅れて跡形も無く溶かされてしまった3人を除く36人はどうにかして
噴門をこじ開け、自分たちを吐き出させようとめいめい固く閉じられた筋肉の扉に手を突っ込み、グイグイと
引っ張り始めた。
 しかし、噴門の閉じる力は彼らの想像以上に強固で、10人がかりでこじ開けようとしてもびくともしなかった。
「きゃっ」
 噴門に手を突っ込んでこじ開ける担当の生徒を後ろから引っ張っていた女生徒――西明日香が不意に
足を滑らせ、ドボーンと大きな音を立ててお茶と胃液がブレンドされた胃底湖に落下した。
「西さん!」
 倫佳は咄嗟の判断で、さっきまで目前に迫った死を受け入れようとしていたのが嘘のように波音で我を
取り戻し、明日香を助けるべく胃底湖へ飛び込んだ。

 その頃、1人だけ気管に落下した江狭九朗はそのまま気管支を滑り降り、左肺の中で寒さに凍えていた。
伊奈子が呼吸をするたびに向こう側が透けて見えるほど薄い肺胞の膜が収縮し、冷たい風が九朗の
全身から体温を奪って行く。肺胞の外側では胸膜が心臓の鼓動に揺られ、力強く、そして規則正しい振動が
伝わって来る。

「うぅ〜、寒い……」
 九朗は肺胞から気管支末梢まで引き返そうと反転し、冷気にさらされながら恐る恐る匍匐前進で
肺胞管を遡り始めた。

 肺からの脱出を試みる九朗の動作は、瞬時に伊奈子の神経を伝い異物の侵入を脳に伝達する。
伊奈子の脳は瞬時に異物を排除する為の動作を横隔膜に命令し、それは実行された。
「はっ、はッ、ハー……ハークション!!」

「!?」
 九朗には何が起こったかを把握する暇はおろか、驚く暇すら与えられなかった。ほんの一瞬で九朗の
全身は突風に乗せられ、またたく間に気管を逆走し伊奈子の鼻孔から外へと排出されたのだ。
 しかし、この瞬間に伊奈子の体内から排出されたのは九朗だけではなかった。

 ザバァーン

 突然、黄色く濁って底の見えない胃底湖が波しぶきを上げ、湖へ飛び込んだ倫佳と明日香を除く34人が
噴門へ吸い込まれた。
 まるで谷底から吹き上げる突風のような勢いで食道を逆流した34人は何が起こったのかわからないまま、
ある者は伊奈子の唾液と共に口から、またある者は鼻水を被って鼻孔から鉄砲玉のような勢いで体の外へ
放出された。
「……はぁ、はぁ」
「みんな、怪我とかしてない?」
「なんとか、平気です」
 どうやら自分たちが今いる場所は伊奈子の部屋の、恐らくはベッドの上だと言うことは容易に察せられた。
 伊奈子がくしゃみをした方向が柔らかい布団の上に向けられていたから良かったものの、もし固い机や
フローリングの床に向けられていたら今頃は想像を絶する結果になっていただろう。

「あー、なんか冷えて来ちゃったかな。お風呂入って来よっと」
 伊奈子はそう言って部屋をあとにした。それを確認した麗は点呼を取った後、この凄惨な実習を締め括る
べく挨拶を始めた。
「……そう言う訳で、今回は紫由くん始め5人が犠牲となる悲しい結果となりましたが、これからは皆さんで
彼らの分も強く生きてください。以上です」
 麗はそう言ってポケットから発信器を取り出し、スイッチを押した。
「もうすぐ迎えが来ますので、元のサイズに戻ってから解散します。それから、今日のことはご家族の方々
には絶対に秘密ですからね、いいですか?」

 ほど無く「保健所から検疫に来た」と称する数人の男たちの手で粒津武小学校6年3組・総勢36名は
伊奈子の部屋から回収され、その日の晩には元のサイズに拡大された生徒たちは無事帰路に着いた。

 一方、伊奈子の胃袋に取り残された倫佳と明日香は再び胃壁の動きが活発になって来たことに危機感を
募らせていた。
「……どうしよう、また胃液が分泌されたらあたし達も溶けちゃうかも」
 しかし、今度は胃液の分泌は思ったほど活発ではなくさっきまでと異なる点と言えば――自分たちが
浸かっている、お茶と胃液がブレンドされた湖の水が心なしか人肌で温められているように思われたことで
あった。
「どうやら、清田さんはお風呂に入っているみたいだね」
「紫由くん、どうしてそんなことがわかるの?」
「体温が上がってるから胃の動きが活発になってるんじゃないかな、多分」
 やがて、胃壁が収縮を始め2人がプカプカと浮かんでいる湖面に変化が現れ始めた。
「きっと胃が内容物を十二指腸にしごき出しているんだよ。もうすぐここから出られる」
 胃の中を一杯に満たしていたお茶と胃液のブレンドはみるみるうちに目減りし、倫佳と明日香も最後の
ひとしごきで幽門を通り抜け、ついに悪夢のような胃袋から脱出したのであった。
「だけど、清田さんはもうすぐ晩ご飯を食べるだろうから出来るだけ早く腸を通り抜けないとね」
「あたし、もう疲れちゃったよう」
「十二指腸を抜ければ小腸の運動に乗って割と早く抜けられると思うから、もう少し頑張って」

 倫佳は疲れ切った表情の明日香を気遣い、手を引きながら先導することにした。
 十二指腸は胃のように激しく振動することは無いものの、腸壁の襞が深いうえに湿って滑りやすいので
歩きづらい。
 途中、腸壁に開いた穴からコポゴポと音を立てて黄土色の見た目にも汚らしい液体が垂れ流されて
いるのを2人は目にした。
「……紫由くん、これ何? なんか、とっても臭い……」
「……これは膵臓で作られている膵液と胆嚢で作られている胆汁だよ」
 この黄土色は大便の色に他ならないのだが、倫佳はまだ伊奈子に対する気持ちの整理が付いて
いないのと説明している相手が女の子であるのとの両方の理由で、喉まで出かかっていたその事実を
口にすることをためらった。
 そうこうしている内に、2人は十二指腸を抜けて空腸に入り込んだ。
「ここから狭くなってるから気を付けて。長いけど、腸運動に乗って行けば割と楽に通り抜けられるはず
だから」
「うん」
 2人は這いつくばって全身をよじらせながら、空腸の中を進み始めた。
 小腸の襞はびっしりと繊毛に覆われ、その襞が2人を奥へ奥へと押しやって行く。そして、小腸の中は
人間の体内でも最も美しい部分の一つだと言われている通り、血液が放つ薄灯りに照らされた腸壁の
造型とコントラストはさっきまで絶望的な気分に追いやられていた倫佳を癒すのに十分なものであった。
「……やだっ、何これ、なんか気持ちいい」
 小腸の襞にびっしりと生えた繊毛はまるで愛撫するかのように明日香の全身を包み込み、そして優しく
舐め回す。
 一本一本の繊毛が顔、腕、太股、背中、胸、お尻、そしてもっと恥ずかしい部分まで絡み付き、今まで
味わったことの無いような快感へ導いてくれる。
「あ、あぁんっ」
 明日香は倫佳がいることなどお構い無しに喘ぎ声を漏らした。
「……西さん」
「何よぅっ。ハァハァ」
「……パンツ見えてる」
「!!」
 倫佳のその一言で明日香はハッと我に返った。しかし、腸内は狭く順番を替わってもらう訳にも行かない。
明日香はこのまま、小腸を通り抜けるまで常に倫佳の目に恥ずかしい部分をさらされ続ける運命にある
のだ。
「い、いやぁーっ!」
 明日香は恥ずかしさの余り絶叫し、その瞬間に彼女の股間から「じゅわっ」と生暖かい液体が溢れ出した。
黄色くてアンモニア臭のする液体と透明で粘り気のある液体が混ぜ合わさって放出され、明日香の真後ろに
いる倫佳の顔に浴びせられる。
「やだぁ〜っ。もう帰りたい……あとどのぐらいで出られるの?」
「……6時間ぐらいかな」
 倫佳は憮然とした表情で答えた。彼の視界に飛び込むものと言えば、いくら美しくてもこれだけ長時間
続くと飽きてしまう腸壁と明日香のパンツ――その股間はびっしょりと濡れ、肌にぴったりと張り付いて
しまっているので遠目からも一本の綺麗なすじが透けて見えていた――だけだった。

 空腸の中間あたりに差しかかると、いよいよ腸幅は狭くなり2人の身体をキュッと締め付け、そして先へ
先へと送り出す動きは活発になった。さらに、腸壁の繊毛が絡み付くだけでなく所々にポツポツと生じている
突起――リンパ管に接触した時の、静電気のようなピリピリした感触も2人を悩ませたが、どうやら腸は
一刻も早く異物を体の外へ排出したいようで2人の身体はあれよあれよと言う間に回腸を通過し、小腸の
終着点である回盲弁へと送られた。
「ここは、行き止まりなの?」
「しばらくは通れないね。大腸の中身が小腸に戻って来ないように普段は塞がっているんだ」
「どうやったら開くの?」
「うーん、ここは食道の筋肉と連動してるから、清田さんが何か食べてくれれば開くはずなんだけど……」
「……それじゃ、もし出られても明日は学校へ行けないね」
「明日は休日だよ」

 倫佳たちが伊奈子の回盲弁で立ち往生している頃、時刻は夜の11時を回っていた。
「……えーと、プリンがあったはずなんだけどなぁ」
 伊奈子は就寝した両親を起こさないように息を殺しながら台所へ忍び込み、冷蔵庫を物色していた。
育ち盛りとあって、いけないとわかっていてもついつい夜食をほおばってしまうのだ。
「あったあった。お部屋で食べよっと」
 数分後。
 パクパク――ゴゴゴゴゴゴ……グワッ

「ねぇ、見てみて。回盲弁が開いたよ……きゃっ!」
 明日香がみなまで言い終わらないうちに、小腸は回盲弁が開いたのに合わせて2人を外側――大腸へ
押しやった。
「……くっさぁ〜い。何なの、ここは?」
「大腸だよ。もうすぐ、明日の朝ぐらいには外に出られるはずだよ」
「って、今まで出ることだけに夢中で全然どこから外に出るか考えてなかったけど、もしかして……」
 顔面蒼白になった明日香が何を考えているかは、ここで改めて説明するまでも無いことだった。
「うん」
 倫佳は明日香が何も言っていないにも関わらず、実に素っ気ない返事で彼女がひどく恐れていた
結果の到来を告げた。
 明日香は弱音を吐く元気すら失ってヘナヘナとその場にへたり込んだ。
「だけどさ、正直な話、君だって……するんだろ?」
「そ、そりゃもちろんするわよ」
「実を言うとさ、僕はつい半日前まで清田さんがウン……いや、大をするなんて信じてなかった」
「可愛いから?」
 倫佳は首を縦に振った。
「だけどさ、訳もわからずこんなミクロサイズにされて彼女に食べられて、それで彼女の獰猛な胃が
深出たちをドロドロに溶かしちゃったのを見て――最初は信じられなかったけど、今は『あぁ、やっぱり
彼女も普通の人間なんだ』と思えるようになった」
「あたしも、きっと清田さんと同じ立場だったら紫由くんたちを食べちゃってたと思う」
「でさ、もし僕が一人で清田さんに食べられてたら僕は迷わず胃液の海に飛び込んで溶かされてたと
思うんだ――そうすれば、小腸で吸収されて彼女とひとつになれるんだから。でも、僕はそれを直前で
思い留まった。何故だと思う?」
「――あたしが胃液溜まりに落っこちたから?」
「うん。僕ひとりで死ぬのならともかく、他のみんなは口々に『早くこんな所から出たい』って言ってたから、
せめてみんなを無事に体の外へ出してからでも遅くないんじゃないかと思ったから」
「――紫由くんって、案外優しいんだね」
「そんなんじゃないよ」
 倫佳は照れ臭そうに笑みを浮かべた。

 2人の左手は行き止まりになっていて、小さな穴が開いている。あれは恐らく虫垂だろう。右手方向に
進むしか――ほどなく、その先も行き止まりになっているだろうが――選択肢は残されていなかった。
どうやら、伊奈子は仰向けに寝ているらしい。今のうちに上行結腸を踏破しておかないと、伊奈子が目を
覚ましてしまったらロッククライミング同然のリスクを背負うになってしまう。
 大腸の襞は胃や小腸に比べて大雑把な造型が目立ち、いかにも不要物の排出に使われていると言う
感じがした。それにも増して2人をくじけさせたのは、大腸菌が食物の残滓を分解する時に発生する
メタンの何とも言えない臭気である。大腸は口から小腸までに比べて酸素の含有量が少なく、そのうえ
腸壁から常に水分を吸収しているので湿気が多く暑苦しい。
「大腸の中には100兆個の大腸菌が棲息していて、食べ物の残り滓を分解しているんだ」
「じゃあ、今あたしたちの周りにも菌がウヨウヨしてるってこと?」
「もちろん。君の大腸にも、僕の大腸にも同じぐらいの菌が棲み着いてるけど別に気持ち悪いと思う
必要は無いよ。大腸から菌がいなくなったら、生きていられないことも事実なんだから」
 そうは言いながらも、明日香は腐敗臭に耐えかねて鼻と口を押さえながら怪訝そうな目で伊奈子の
腸壁を凝視していた。
 上行結腸から横行結腸、下降結腸と特に障害も無く2人は通過したが、S字結腸を通り抜けた所で
遂に最後の、そして最大の難関と直面することになった。
「これって、やっぱり……だよね」
「そう。これが大便。清田さんがこれを体の外に出すまで、僕たちも外には出られない」
「……どのぐらい待たなきゃいけないの?」
 明日香はウンザリした表情で質問した。
「これが昨日の朝ご飯だとしたら、早くても4、5時間かな。だけど、もし清田さんが便秘でもしてたら
僕たちは昨日の晩ご飯に追い付かれて挟み撃ちに……」
「そんなの嫌ッ!」
「じゃあ、大人しく待ってなきゃ。チャンスは1回しか無いだろうし」
「……わかった。言う通りにする」

 2人は万が一、昨日の晩ご飯が来て挟み撃ちに遭った場合を想定して交代で仮眠を取りながら、
その時を待った。
 そして、5時間後。
「……ふぁ〜ぁ、よく寝た」
 伊奈子が目を覚まし、2人はさっきまで床になっていた腸壁から転げてそのことを悟った。
「清田さんはもうすぐトイレに行くはずだ。チャンスはその時しか無い」
「わかった。あたし、紫由くんのこと、信じてるから」
「えっ?」
 倫佳は明日香の言葉に一瞬、戸惑ったがすぐに自分たちが置かれている状況を思い出し、それ
以上は何も聞かなかった。
 ドスンッ

 直腸を塞ぐように鎮座している伊奈子の大便は足が少し埋まる程度に柔らかく、色も健康的な
茶色だった。とは言え、間近から放たれる腐敗臭はさっきまでの比ではない。その臭気はミクロサイズの
2人には鼻と口を開けていられないほど強烈で、大部分がメタンで占められている空気に含まれる
わずかな酸素を吸うために金魚のようにパクパクと口を開けるのがやっとの状態だった。
 そうこうしている内に伊奈子は着替えを済ませ、便所へ駆け込んで和式便器の上にしゃがみ込んだ。
「うーん、うーん、なんか今日のは大きいみたい」
 ズズズズズズッ

 ズモモッ、ズモモモッ
「来た!」
 倫佳と明日香ははぐれないようにしっかりと抱き合った。
 ズズズ……ズモモッ……
 普段は括約筋によりピッチリとすぼまっている伊奈子の肛門が大きく開かれ、薄いピンク色の穴から
こんもりと太い大便が顔をのぞかせる。
 ブリブリブリブリブリブリブリブリッ、プスーッ

「……外だ……」
 倫佳と明日香は腰のあたりまで大便に埋まったまま、自分たちが出て来た方をゆっくりと見上げた。
そこには無論のこと白っぽく巨大な肉付きの良いお尻があって、その中央には薄いピンク色でキュッと
すぼまった穴がある。
「あぁん、もうやだぁ〜っ。臭いよう」
 2人はズボッと埋まった下半身を乗り起こし、柔らかくホカホカと湯気が立っている出したての大便の
上でキーキーと騒ぎ、互いの汚れた全身を嗤い合った。
「?」
 伊奈子は自分が出した大便の方からキーキーと小さな声がするのに気付き、ゆっくりと右手後方を
振り向いた――そこには、2センチ足らずの小さな人間のようなものが2人いてお互いに「臭い、臭い」と
わめいている。
 伊奈子は、昨日『つぶ人間の活け作り』を学校で食べさせられたことを思い出した。どうやら自分が
食べたつぶ人間が消化されずにお尻の穴から出て来てしまったらしい。
 しかも、昨日は気にも留めていなかったが2人のうち1人は――非常に小さく判別し難いとは言え――
明らかに見覚えのある顔をしていた。いや、間違い無い。4年の時まで同じクラスだった紫由倫佳だ。
 その倫佳が今、大便と一緒に自分のお尻の穴から出て来て、自分の恥ずかしい部分を見つめている。
「……」
 伊奈子は恥ずかしさの余り無言のままカーッと顔を赤らめ、ゆっくりとトイレットペーパーを引いて
お尻の穴を丁寧に拭き始めた。
 そして翌日、2人は無事に元のサイズに戻ることが出来た。

 数日後。
「ねぇ、紫由くん」
 伊奈子と明日香はすっかり仲良くなり、放課後に2人で倫佳を校舎裏に誘い出した。
「なんだい? 当番があるから早く」
「後で理科室に来てくれないかな」
 2人の目は、明らかに無邪気な企みを共有していることを物語っていた。

-完-

目次に戻る

動画 アダルト動画 ライブチャット