裏・真稀子の天むすび
笛地静恵
 あたしは 後藤田真稀子先輩の目の光が、どうも気になっていた。二重目蓋の可愛い瞳なのだ。しかし、二学期になってから、あたし浪妻亜季絵(らうつまあきえ)を見る目付きが、妙に座っているような気がした。半眼で、どよんとしている。生気がないのだ。春の新入生歓迎の「文化祭」の「カラオケ・コンテスト」で、真稀子の三連覇を阻んだことが、そんなにいけなかったのだろうか?あの時は、彼女も負けちゃったわね!と、陽気に笑っていたのだ。わけが、わからなかった。

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 夏休みの後半に、六本木の『魔女の館』という、良く当たるという評判の恋愛の占い師の家に、ある友達が紹介してくれと頼まれて、案内したという。それなのに、予約時間の直前に、どこかに行方不明になった。友達が違約料を払わされた。迷惑したと言っていた。

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 真稀子先輩は、顔立ちが愛くるしい。派手なのだ。目立つ顔だった。中学校から、初めて彼女を知った友達からは、遊んでいるように思われていた。先輩としては、別に遊ぶことが嫌いではないだろう。でも、それと同じぐらいに、家庭的なところもある少女だった。料理を作るのが、楽しみだったらしい。中学校に越境入学してからは、一人住まいをしていた。あたしの住む都市とは、自宅のある場所の学区が違うのだった。

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 顔立ちの似ている可愛い美形の弟も、よく下宿に遊びに来ていた。彼が目当てで、あたしたち『カラオケ同好会』の部員たちも、通ったことがある。どうも家庭環境が、複雑らしかった。弟は、そのまま宿泊することもあった。外国人の彼女を、一緒に連れてきたこともある。それも歓待していた。あたしたちの熱は、それで醒めた。しかし、私は残った。居心地がいいからだ。日曜日には夜まで、おじゃますることがあった。晩ご飯を作ってくれた。先輩の作る晩ご飯は、質量ともに最高だった。彼にも好評だった。オムレツなどは、プロの作る味のようにように、ふかふかでうまかった。


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 夏祭りの晩に、あたしは二年の同級生の、牟礼田君に誘われていた。顔色が悪い。いつも青白く痩せていた。T中学校野球部の、正キャッチャーだった。三年生を押し退けて、正捕手の座にある。実力があるのだった。赤くなって、太くて固い皮の剥けた指先に、触らせてくれた。人間の手というよりは、五本の人参のような感じだった。

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 キャプテンでピッチャーの鷹彦先輩が、目を掛けて引き立ててくれるからだという。息が合っていた。目立つ存在だった。紹介してくれた。小学校三年生の、少年野球時代からの、付き合いだと言っていた。けっこう、遊んでいるというウワサだった。秋のリーグ戦を控えている。今年のT中学校野球部は。準決勝までは間違いなく進出できる戦力だと言われていた。
「がんばってください」
 応援していた。

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 鷹彦先輩に綿飴をご馳走になった。三人で食べながら、縁日をぶらぶらと歩いた。金魚すくいや、お面が売っていた。林檎飴が食べたかったが太るので止めにした。アセチレン・カーバイトの特徴のある臭いがした。神社の裏手に回っていた。

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 気が付くと、神社の裏手の大きな杉の木の下に、鷹彦さんと二人だけがいた。表が明るくて賑やかなので、かえって裏側の闇と静けさが際立っていた。隣のお社のきつねの石像が闇に光っていた。

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 あたしの小さな身体が、杉の大木の幹を背にして立っていた。鷹さんの大きな身体が、のしかかるようだった。彼は、一メートル八十五センチはあると言っていた。あたしは、百五十五センチメートルしかない。チブである。でも、それも女の子の武器だと思っていた。男子が、自分よりも大きな女子とは、付き合いたがらないことが分かっていた。小さいということは、それだけ対象が広くなるということを意味している。

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 鷹彦さんならば、三十センチメートルの差があった。この頃は、小学校六年生の妹にも、抜かれそうになっていた。あっちは成長期だった。一年間で九センチメートル延びたという。あたしは一年生から二年生になる間に、一センチメートル半しか大きくなっていない。妹とあたしは目線の高さが、同じになっていた。危ない情況だった。

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 鷹彦さんの顔を見上げていた。来るなら来いと思っていた。三年生でも、もっとも有名な人だった。彼氏にして恥ずかしくなかった。キスまでは、許そうと決めていた。その気持ちを、同級生の牟礼田君に話したことはない。なんで彼に、あたしの気持ちがわかったのだろうか?不思議だった。これは偶然ではなくて、彼一流のお膳立てなのかもしれないと分かった。据え膳食わぬは、女じゃない。大きく瞳を見開いていた。

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 しかし、鷹彦さんは大人だった。単に綿飴の味のするキスだけではなかった。舌が入ってきた。鷹さんの大きなピッチャーの右手が、浴衣の襟元に差し込まれていた。ブラのカップを指先で下げられていた。皮膚の荒さを、乳首の繊細な皮膚に痛いほどだった。でも、燃えた。亜季絵は細く見えるが、脱ぐとスゴイのだ。

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 しかし、そこでなんと、神社の裏手に回ってくる人影があった。真稀子先輩だった。出会ってしまった。あたしは鷹彦さんの胸を強く押した。その場所を離れた。

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 あたしを入れた「AHODAS」のスポーツバッグが、ずしんと振動した。ようやく嵐に難破した豪華客船のようなバッグの動きが止まった。あたしには、一個のバッグが船ぐらいの大きさがあった。真稀子先輩の机の上に、置かれたのだろう。ひどい気分だった。先輩の使用済みの汗の染みた体操服に、包まれていたのだ。体臭のある汗に、ぐっしょりと濡れていた。口に塩の味がした。今日は、暑い日だったから。三年生の女子は、短距離走のスタートを繰り返し練習したのだった。発汗が激しかった。

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 真稀子先輩は、いつも『カラオケ同好会』で熱唱した後で、更衣用のロッカーの前で制汗スプレーを付けていた。牟礼田君の伝言だった。二人で部室に呼ばれた。不思議なスプレーを噴射されたのだ。それで、あたしの身体は、みるみる縮小していった。あたしの悲鳴は、モーニング娘のカラオケの伴奏に紛れて外には全く聞こえなかっただろう。先輩の片手に持てる、人形のようなサイズになっていた。AHODASのスポーツバッグに、入れられていた。潰れないようにと、体操服の間に押し込まれていた。

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 バックごと、振り回されていた。死ぬかと思った。悪酔いしていた。何度も先輩の体操服に吐いた。腹には、何も残っていなかった。気を失えたことが、幸運だった。途中で人の声と天ぶらの匂いで、目が覚めた。タスケテと叫んだが、聞こえなかったのだろう。声まで小さくなっているのだった。スーパーマーケットに、立ち寄ったのだろう。真稀子先輩には、行きつけの店が、何件かあるのだった。

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 でも、ここで幸運だったのだ。同級生の牟礼田君は、もっとひどい地獄に入れられていた。あたしは部室のテーブルの上に乗せられていた。隣に、空になったウーロン茶の缶があった。円筒形の銀色のビルのようだった。あたしの身長の二倍半の高さがあった。誰かが煙草の灰皿にしたらしい。濡れたニコチンの香がした。

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 真稀子先輩は、左手でプリーツスカートの前を持ち上げていた。暖まった空気が、もわりと立ち上っていた。女性の下半身の臭気がした。
「スカートの下の劇場へようこそ!」
 スーパービキニ・タイプの、きつい水色のショーツの中だった。右手で入れられていた。彼は、頭が下の状態で、つっこまれていた。高級なシルクだったのだろう。ゴムが下腹部に、ぱちんを音を立てて戻されていた。幽閉されていた。半透明の生地の中で暴れている。野球部のユニフォームの背中が見えた。黒い陰毛に、手足がからまっていた。

                   *

 でも、真稀子先輩が思いついて、急にナプキンを付けた。体操のマットレス一枚分の面積があった。その中に、すっかり隠れてしまっていた。
「大人のオモチャよ」
 真稀子先輩は、そういって私を見下ろしていた。劇場のステージの垂れ幕のようなスカートを戻していた。

                   *

 ゴゴゴゴ。雷鳴のような音を立てて、ジッパーが開いていく。あたしは、真稀子先輩の白い巨大な手に、胴体を摘まれていた。親指と人差し指の二本で用が足りた。起重機のようだった。重さのないもののように、凄い速度で外に取り出されていた。みなれた真稀子先輩の部屋が、広大に広がっていた。天井までの高さが、五、六〇メートルはあるのだろうか。壁まではもっと距離があった。暖かいバッグの中の空間にいたためか、濡れた皮膚に空気が冷たかった。普通は床に座って使用する、低いテーブルの上に乗せられていた。先輩は、水色のTシャツと青色の短パンという、軽装に着替えていた。室内で、良く見かかけたことのある服装だった。サーカスのテントぐらいの大きさのある生地だった。正座していた。

                   *

 腰を上げていた。あたしの方に上半身が倒れかかってきた。高層ビルが倒れるような迫力があった。先輩の身長は、百メートルのビルディングぐらいには感じられた。水色の胸の下に押し潰されそうな恐怖があった。でも、どこに逃げて良いかわからなかった。上空には先輩の水色の胸が、水色の空のように広がっているだけだった。

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 先輩は、牟礼田君を短パンの前のジッパーを下げて、取り出そうとしていただけだった。奥の方に入ってしまっていたらしい。手首よりもさらに中に入れていた。手のひらに乗せられていた。ぐっしょりと濡れていた。ぐったりとしていた。死んだと思った。しかし、意外にしぶとかった。真稀子先輩が手を揺すった。すると、身動きした。唸り声を上げていた。息があった。胸が、動いていた。

                   *

 痩せた牟礼田君には、あまりにも苛酷な重労働だったかもしれない。全身の骨が、ぼきぼきに折れているような気がした。ユニフォームにも、赤い血も染みていた。生理用のナプキンに、磔にされていたのだ。すっかりと白くコーティングされていた。女性の分泌物であるオリモノだろう。量が多いと先輩は嘆いていたことがあった。口の中にも、鼻の穴にも、いっぱいにつまっていたらしい。吐き出していて。赤い血の泡が交じっていた。呼吸も自由にできなかったのだろう。かわいそうだった。それに、オリモノとは、もうすこし別な種類の、どろりとした液体も鼻や口から流れでていた。女の子が、感じている時に流す分泌液だった。

                   *


 同級生の男子生徒が、股間で暴れているという感触は、自分の指とは、比較にならない強烈さだったのだろう。亜季絵も週に二回は、鷹彦さんのいない夜に、自分を慰めていたから、よく分かるのだ。そのどの体験よりも、強烈だっただろう。男の子の、いちばん見たい、触れたい、知りたい女の子の神秘の部分に案内したのだ。真稀子先輩は牟礼田君の全身を、あそこで感じていたのだろう。陰毛を、ひっぱられていたかもしれない。強烈だろうと想像はできた。

                   *

 でも、そんなことをしてはいけないのだ。人間はオモチャではないのだ。真稀子先輩は、どこかが狂ってしまっているのだった。それは、牟礼田君の、胸元や腰や足に絡み付くような、欲望のギラギラする視線は、あたしも感じていた。いやらしかった。イヤだった。でも、それは、男の子ならば、大なり小なりみんな同じことだった。彼だけが、こんな仕打ちを受けるような、特別なことをしたのではなかった。

                    *

 真稀子先輩は、再び正座していた。背骨が延びている。姿勢がよかった。水色のTシャツの胸が、三角に高くあたしの頭上に聳えていた。美しい顔を上げていた。天井を向いていた。胸を張っていた。喉の内部の食道を、まっすぐにしていた。足首であったらしい、彼の部分を持っていた。口の真上に、ぶらさげていた。まさかと、思った。食べちゃうぞと、驚かしているのだと思った。この悪ふざけがすんだら、元の姿に戻れると思っていた。しかし。あっという間だった。牟礼田君には、悲鳴を上げる時間さえなかった。

                   *

 しかし。彼が口の中に消えていた。ばくん。上下の唇が閉じられていた。
 ごくり。
 飲み込む音がした。
 ゆっくりと食道を下り、胃の中の胃液のプールに落ちたのが分かった。ぽちゃり。たしかにそんな水音がした。真稀子先輩が、彼のいる位置を、水色のTシャツの上から、片手で順番に上から下に押さえつけていた。
 下腹を押さえていた。
 きゃあっ。
 あまりのことに、悲鳴を上げていた。
 なんてことを……。

                   *

 真稀子先輩は、うなり声を出した。あたしを見下ろしていた。笑っているのだ。
 胃の中が、くすぐったいらしい。断末魔で、牟礼田君が暴れているのだろう。だって、食物と同じだ。胃液で消化されるのだ。溶かされているのだ。激痛だっただろう。早く吐き出さなければ、死んでしまう。悪ふざけも、度を越えていた。
 それなのに、真稀子先輩は、動こうともしなかった。満足そうにTシャツの上から、胃の上をなぜているだけだった。

                   *

 ぺろん。
 舌なめずりをしていた。
 ただ飲み込んだのではなかった。
 食ったのだとわかった。
 もう先輩と呼ばない。呼び捨てにする。真稀子は怪物だった。
 人食いの巨人だった。

                    *

 今度は、あたしの番だった。 
 鷹彦さんの目の前だった。セーラー服も下着も、びりびりに引き裂かれていった。あたしは、悲鳴を上げ続けていた。凄い指の力だった。手足の骨まで、普通ではありえない角度に、折り曲げられていた。
 抵抗は無意味だった。指一本が、私の両手の必死の抵抗を問題にしなかった。指でひっかいても、傷もつかない。鋼鉄のような皮膚だった。こっちの爪が剥がれるだけだ。もっとひどい怪我を、するだけのことだろう。

                   *

 上着から脱がされていた。ブラウスを破られていた。ブラをはぎ取られていた。指先で乳房を潰されていた。息ができないぐらいだった。スカートを、めくられていた。ショーツだけの尻を、鷹彦さんの目の前に剥出しの状態で、突き出されていた。生きている人形のように自由自在に扱われていた。目が回っていた。

                   *

 脱がされていた。彼女の指の力に屈伏した生地が、縫い目の糸から悲鳴のような音を立てて、引き千切られていった。下着は、まるで濡れたティッシュのように、指先に摘まれただけで破れていった。皮膚に無数の傷がついていた。血も滲んでいた。全身がボクシングの試合で、十四ラウンドを戦った後のように痛んでいた。ヘビー級のボクサーに全身を殴打されているような感じだった。真稀子としては、軽く触れているつもりの指先に、それだけの力があった。

                   *

 右手は、親指と人差し指の間。頭は、人差し指と中指の間。左手は中指と薬指の間。左脚は、薬指と小指の間。手のひらに胴体を右脚。真稀子の左手だけで、自由を奪われていた。大股開きの状態で、磔になっていた。鷹彦さんに恥ずかしい部分を見られていた。彼が。ぎゅっと両眼を閉じていてくれたのが、嬉しかった。男らしい眉の濃い眉間に深い皺が寄っていた。

                   *

 「見なさいな。これが、見たかったんでしょ?」 
 鷹彦さんは、真稀子の右手の人差し指で、ピンと腹を弾かれていた。彼女としては、軽い遊びのつもりなのだろう。でも、鷹彦さんには、自分の同じぐらいの大きさの丸太で、力いっぱい、ボディを殴られたようなものだった。爪が空気を切る、ビュッという重い音がした。テーブルの木の上に、仰向けに倒れていた。ノックダウンだった。真稀子が笑っていた。悶絶していた。

                   *

 しばらくの間があった。口から唾液を血を出して、ようやく起き上がった。苦しそうに腹部を押さえていた。強制されて、仕方なくあたしを見ていた。あたしは。「もっと見て!」そう叫んでいた。あたしの美しい身体を、彼のまぶたの裏に、刻んでおきたかった。真稀子は、しらけたらしい。すぐにこの遊びに飽きた。すぐにやめてくれた。

                    *

 キッチンのテーブルの上に乗せられていた。野球場のような面積があった。醤油の瓶があたしの身長の三杯はある塔だった。白い皿は土俵のようだった。お手塩の小皿が、ホームベースの面積があった。箸は、バットのような太さがあった。電信柱のように長かった。逃げる場所はなかった。どこに隠れても、真稀子の二重の瞳に見下ろされていた。
「動いたら、叩き潰すからね!」
 脅迫されていた。あたしは、牛乳の白いコップの陰に座っていた。

                   *
 
 新しい方の炊飯器が、チャイムで鉄道唱歌の一節を奏でた。新しいご飯が、炊けたという合図だった。轟々と、白い湯気を吹き上げていた。蒸気機関車のようだった。ばくん。蓋が開いた。熱気が濛々と吹き出していた。周囲の空気の温度を上昇させていた。

                   *

 腰の辺りを中心に、白いご飯に閉じこめられていた。手足を、ばたばたさせていた。ご飯粒のひとつが、あたしには、おにぎり一個分の大きさがあった。炊いたばかりのご飯だ。素肌に熱かった。真っ赤になっていた。腰の皮膚もめくれていただろう。ひりひりした。
「やけどする!」 
 叫んでいた。抗議していた。乳房が揺れた。そこは外に出ていたから。
 しかし、真稀子はやめてくれなかった。
「あたしの手にも、熱いのよ」
 勝手なことを言っていた。

                   *

 耳を貸してくれなかった。鷹彦さんの方は、野球部のユニフォームを着たままでいた。野球のスパイクの長い足を、ばたばたさせていた。なんとか、白米の束縛から脱出しようとしていた。一メートル八十五センチの、頑強な肉体を左右に捩って、抵抗していた。数個の米が、剥がれ落ちただけだった。

                    *

 真稀子は、天むすびを、全部で十個握っていた。天ぷらの一個ずつが、あたしたちよりも大きかった。ぎゅうっ。ぎゅううっつ。一粒が、あたしたちには、おにぎりぐらいあるご飯粒が、真稀子の力に圧迫されて、形を崩して融合していく。両手は、自動車もスクップにできる、握力があった。そこで炊飯器のご飯が尽きたのだった。ジャーは、円筒形の上が膨らんだ石油タンクのようだった。おむすびの直径は、あたしたちの胴体の三倍はあった。米の重量で呼吸が苦しかった。

                   *

 真稀子は、インスタントの、しじみの味噌汁も、ゆっくりと作っていた。お碗の中で、お風呂に入れるだろう。あたしも、あれで飲んでいたことがあるのだった。分葱を散らす。豆腐を細かく刻んで入れる。それだけで、うまいものになった。本当に、一寸法師になっている気分だった。真稀子は電信柱の箸二本で、ごとごとと、何度もかき回していた。

                   *

 真稀子の、壁のような水色のTシャツの腹部の方を見ていた。牟礼田君は、あそこの中で、もう消化されてしまったのだろうか?吸収が、始まっているのかもしれない。次はあたしの番だった。恐怖のせいで、悲鳴が止まらなかった。ご飯の中で失禁していた。多少は、塩味がつくかもしれない。彼女は、あたしの大小便も食べるのだ。そう思うと、いくらかでも復讐する気分になれた。それでも、先輩の中学生の女の子に、食われて死ぬなんて、イヤだった。なんとか助からないかと考えていた。今にも、真稀子の弟が飛び込んできて、姉のこの狂気の犯行を、制止してくれるような気がした。死ぬなんて信じられなかった。あたしは、こんなに若くて、美しいのだから。

                   *

 真稀子は奈良漬けを、ぼりぼりと悠然と噛んでいた。ひときれが、ピザパイぐらいある。食欲を、見せ付けているのだろう。酒の香が、ぷんとした。

                   *

 テンプラを頭から齧っていた。あたしの胴体よりも太い衣が破れて、中の白い半透明の、ぷるんぷるんとした身の断面が、のぞいていた。海老の血管のような、太い紐のようなものが、垂れ下っていた。真稀子の唾に濡れて、光っていた。

                   *

 尻尾から、がじがじと齧った。鋼鉄のような尾が、裁断機のような歯に、噛み砕かれていく。

                   *

 そして、一思いに口に入れた。あたしよりも大きな海老。数人分の体重と同じぐらいの量があるだろう。
 それを、一気に食った。
 時には、少しずつ食った。
「どのパターンで、食べて欲しい?」
 選ばせるつもりのようだ。

                   *

 「亜季絵の自慢のオッパイから、食べてあげましょうか?」
 そうも言った。オリジナルの胸のサイズでは、あたしに勝てないことが、Bカップの真稀子にも分かったのだろう。マリリン・モンローと同じく、牛角形のCカップだった。鷹彦さんの手が、乳首に触れたこともあるのだ。こんなことなら、もっと揉ませてあげればよかった。そのことが悔しかった。涙が出た。

                   *

 食べ方の選択というのは、勝手な言い草だった。どれもイヤに決まっている。バカらしくて、相手をする気にもなれない。鷹彦さんとともに、シカトした。二人とも泣いていた。気分的に、それどころではなかったのだ。

                   *

 真稀子は、自分で決めることにしたようだ。
「それなら、いちばん苦しい方法で、ゆっくりと食べてあげるわ!」
 片手に。
 ご飯の部分を、捕まれていた。
 鷹彦さんが、空中に持ち上げられていく、あたしに向かって叫んでいた。
「好きだゼ!天国で結婚してやるからな!」
 嬉しかった。
 真稀子には、聞こえてもいないだろう。熱い鼻息を、興奮して、轟々と吹き出していたから。

                   *

 赤い地獄の洞窟が口を開けていた。蛭の怪物のような舌が蠢いていた。口蓋から舌に唾液の糸が、何本も引いていた。大蜘蛛の巣のようだった。唾と口臭がした。テンプラの油の匂いに、かすかな血臭が交じっていた。牟礼田君のものでもあるのだろうか。喉の奥の暗黒の穴が見えた。食道から胃にまで続いているのだった。死の入り口だった。それ以上、正視できなかった。

                   *

 でも、奥歯に布が挟まっていたのは分かった。赤く染まっていたが、中学校の野球部のユニフォームの一部だった。真稀子は、気が付いてもいないだろう。牟礼田君の行ったところに、あたしも行くのだと思った。すぐに、鷹彦先輩も来てくれるだろう。少なくても、一人ではないのだ。天国の結婚式で、結ばれればいい。牟礼田君が、立会人になってくれるだろう。

                    *

 あたしは、真稀子に、足の方から食われた。足首の辺りで。白いギロチンのような前歯に骨ごと噛み切られてた。がりん。激痛があった。じゅうじゅう。赤い血が、足の切断面から、音を立てて吸われている。意識が遠くなっていた。視野が、周囲から暗くなる。すぐに、慈悲深い、闇が来た……。
裏・真稀子の天むすび・了
(終わり)

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