短小物語集
真稀子の天むすび
笛地静恵
1・鷹彦

 エンピツ削り器の中に、俺は幽閉されていた。猛烈に木くさかった。足元には、くるくると丸まったような削りかすが、たくさんたまっていた。寝そべろうとすると、ごそごそする。肌に突きささってきた。一個一個が、クリスマスの大きなロール・ケーキぐらいには、大きかった。

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 どうして、こんな妙なことになってしまったのか?ゆっくりと思い出していた。

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 真稀子は、エンピツ削り器の中身の半分以上は、ゴミ箱に無造作にゴソッと捨てたと思う。しかし、五分の一は残っていた。プラスティックの厚い壁の向こうから、大きいけれども、まつげの美しい二重の瞳に、凝視されていた。

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 小さな頃に、なにかの童話で、この方法を読んだ。そう言っていた。いつもは可愛い奴の声が、拡声器を通したように大きかった。鼓膜が痛かった。顔を顰めていると、声量を小さくしてくれた。奴にとっては、息だけで話しているのだろう。それだけで、十分に聞こえた。小人を、この中に閉じこめていたのだという。俺には迷惑な童話だった。妖精はいいが、ここは生身の人間の、入る場所ではなかった。

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 頭上には、ごつい機械部分が、青光りして剥出しになっている。丸い刃物が、ぞくぞくするような色をしている。あそこまでは、百八十センチメートルの俺の、身長の1、5倍はあるだろう。届く心配はないが、威圧感があった。もし触れたら、俺の薄い皮膚など、簡単に切れてしまいそうだった。勇気の出る光景ではない。

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 水は、これもエンピツの先端にかぶせるキャップの中に入れて、クズの中に立っている。それに手を入れた。ついには、頭をつっこむような態勢で、中の水をむさぼり飲んだ。口の中が粘ついて、血の味がした。切ったのだろう。

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 昨晩は、あいつの巨大な手の中で、人形のように、もてあそばれたのだった。上下左右に振り回されていた。こっちは、生身の血も肉もある人間なのだ。バービー人形ではない。あんな手荒な扱いに、耐えられるようには、できていない。真稀子の中指一本が、百八十センチの俺の全身よりも、長くて大きかった。途中で、失神していた。

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 この異様な牢獄の中で、目を覚ましたときには、朝になっていた。全身が痛んでいた。赤痣や青痣になっていた。骨が折れていないのが、不思議なぐらいだった。

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 熱を持っている部分がある。腰にぶらさげていたタオルを、水に浸して冷やしていた。野球部の練習中に、校舎の裏手の森に真稀子に呼び出された。ユニフォームのままだった。

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 食い物となるものは、彼女がファーストフードの店で良く食べる、フライドポテトが、二本あるだけだった。揚げた油の臭いが、ぷんぷんしていた。黄色い角材のようだった。長い方が一メートル。短い方でも五十センチはあった。まだ、食欲が出なかった。

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 もうひとつ、あいつは生きものは、食べたものを出すものだということを、忘れている。朝だ。自然の呼び声があった。そういえば、生きものは汚いから嫌いで、ペットも飼ったことはないと言っていた。

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 仕方がない。隅に入って、できるだけ深い穴を両手で掘った。エンピツの黒い粉が底に貯まっていた。指が黒く光った。中に用をした。木クズをかけておいた。それでも、半分、密閉された状態の空間には、俺自身の大小便の臭いが立ち篭めていた。

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 長期間に渡って、俺のこの小さな身体の、世話をするつもりはないのだろう。元の身体に戻してくれるのだろうか?思いは、そこに戻ってくる。小さくしたのもあいつだった。あの手に光っていた妙な機械だ。大きくできるのも、あいつだけだろう。

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 でも、あいつを裏切った俺を、許してはくれないだろう。そうも、思っていた。あいつをほったらかしにして、祭りの晩に、亜季絵とデートしている現場を、偶然に見られてしまったのだ。

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 真稀子は俺を「カワイイ!」と言っていた。せいぜい、おべっかを使ってやろうと思っていた。あいつの要求には、どんなことでも従順に答えてやる。そして、元の身体に戻してもらう。そうなったら、あいつを犯して、殺してやる。男にこんな屈辱を与えた女を、許してやる訳にはいかなかった。しかし、同時に、脱出の方法も考えていた。

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 真稀子としては、空気が入るようにという配慮のつもりなのだろう。片方の端に、エンピツが突っ込んであった。電柱のような太さだった。削りクズの中に、先端が埋まった状態で斜めに立っている。その状態で、俺に逃げられないという用心のためなのだろう。プラスティックの部分を、ぐるぐると何回かセロテープで巻いていた。重なった部分ほど、外の真稀子の部屋の、広大な風景が曇ってぶれて見えている。

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 真稀子は、無意識にエンピツを、ガシガシと噛む癖があるようだ。あいつの歯の痕が凹んでいた。俺の小さな手と足を、乗せるためには、ちょうど良い大きさの深い凹みになっていた。エンピツの柱をよじ登って、容器の牢屋の上の端までたどりついた。

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 もともとT中学校の野球部のキャプテンで、ピッチャーの俺は、運動神経には自信があった。しかし、真稀子の笑顔の口元の白い前歯を思い出して戦慄していた。ギロチンの刃のような大きさだった。俺の手足ぐらいは、簡単に噛み切れるだろう。

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 あいつが、これから、俺をどうするつもりなのか、予測がつかなかった。そんなに長期間、入れておくつもりはないのかもしれない。元の身体に戻してくれるのだろうか?いけない、いけない。頭が、ぐるぐると同じ場所を回っている。正気を保っているつもりなのに、精神の状態が不安定になっているようだ。

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 隙間はあった。が、俺の小さな頭さえ出られない幅だった。エンピツ削り器のプラスティックの厚みは、手に十センチはあるように感じられた。真稀子としては、緻密に考えられている計画だった。衝動的な犯行では、ないのかもしれない。周到な準備を感じた。

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 真稀子が、校舎の裏手のいつもの場所で、待っているという伝言を持ってきたのは、俺の女房役のキャッチャーの牟礼田(むれた)だった。一学年下の二年生だった。奴が小学校三年生の、少年野球の時代からの付き合いだった。

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「鷹さん。およびだぜ!」
 あいつは、俺のことを鷹さんと言う。俺の本名は鷹彦だった。どうも、最近、俺のことを顔色の青い上目づかいの嫌な表情で、見上げていることがあると思っていた。あいつもグルだったのだろうか。俺の愛情からのしごきを、いじめと考えるような、肝っ玉の小さい奴だったのだろうか?

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 いやいや。そんなことは、ありえない。だいたい秋のリーグ戦を控えて、俺というピッチャーのいないT中学校野球部が、どんなに戦力が弱体化することになるか。あいつが、いちばん良く知っていることだ。牟礼田が、俺を真稀子に売るなんてことはありえない。これは、彼女の単独の犯行だろう。

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 俺は、万事に直接的な亜季絵と付き合うようになってから、ネンネの真稀子が重荷になっていた。もう交換日記の、純愛の、という年齢ではない。肉と肉のぶつかり合いが欲しかった。胸も尻も真稀子の方が、亜季絵よりも充実していた。だが触れられもしないのでは、目の前にうまそうな人参を、ぶらさげられている馬だった。辛いだけだ。

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 俺が、行方不明になったと分かれば、まず真稀子を疑うはずだ。一縷の望みの光が、この狭くて臭い場所に、差し込んできたような気がした。気がゆるむと同時に手の力が抜けていた。俺は、木くずの上に背中から、どさんと落下していた。弾力があって、ふわりと受けとめてくれた。フライドポテトを、噛み始めた。皮はゴムのように固かったが、中は柔らかかった。食って、体力を付けておかなければならなかった。

2・真稀子
 真稀子は、顔立ちが愛くるしい。派手なのだ。目立つ顔だった。友達からは、遊んでいるように思われていた。別に、遊ぶことが嫌いではない。でも、それと同じぐらいに、真稀子は、家庭的なところもある少女だった。料理を作るのは楽しみだった。顔立ちの似ている弟にも、真稀子の作る晩ご飯は、好評だった。鷹彦のいる中学校に越境入学してからは、一人住まいをしていた。

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 今日は特に、晩ご飯の献立を考えるのが、楽しみだった。家に、特別な世界に一つしかない食材が、待っていたからだ。どう料理しようか。授業中も、結局、そればかりを考えていた。結局、決まらなかった。

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 一度、帰宅して私服に着替えた。制服での道草は、禁じられていたからだ。荷物もあった。使用済みの、汗の染みた体操服の入った「AHODAS」のバッグを、机の上に置いた。エンピツ削り器の中の、今夜のメイン・ディッシュの獲物は、丸くなって寝込んでいた。疲れているのだろう。今は、これでよかった。今晩だけは、なんとしても起きていてもらう必要があったからだ。

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 遠慮なく制服のセーラー服の上下を脱いでいた。下着姿になって着替えをしていた。水色のTシャツと青い短パンという軽装だった。鷹さんは、ハムスターくらいの生きもののはずだった。別に恥ずかしくはない。そう思っていた。それなのに、ブラの中で膨らみ始めた胸が、ドキドキした。自分でも意外な反応だった。水色のシルクのショーツの中の、小さな生きもののせいかもしれなかった。

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 夏祭りの晩には、鷹さんにはキスぐらいは、させても良いと思っていた。それなのに、同級生の牟礼田君に偶然に出会った。綿飴をご馳走になった。食べながら、二人でぶらぶらと歩いた。神社の裏手に回っていた。

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 大きな杉の木の下に、亜季絵と鷹彦さんがいた。亜季絵の小さな身体が、木の幹を背にして立っていた。鷹さんの大きな身体が、のしかかるようだった。亜季絵の瞳が、挑戦するようにきらきらと光っていた。暗いのに、はっきりとわかった。濃厚なラブシーンを見せ付けられていた。単にキスではない。鷹さんの右手は、亜季絵の浴衣の襟元に、大きく差し込まれていた。

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 顔が真っ赤になった。鷹さんは、真稀子の手作りのチョコレートを、あんなに嬉しそうに、馬のように長い顔を綻ばせて、受け取ってくれたのに。真稀子は、自分の気持ちが鷹彦さんに届いたことで、天に舞い上がるように嬉しかったのだ。ホワイト・デーのお返しの「柿のタネ」の袋づめ一つには、笑ってしまった。鷹さんらしいと思った。それも、まだ食べずに、大事に取ってあった。それなのに、天神様の夏祭りでの、この裏切り行為だった。許せなかった。泣きながら家に帰った。

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 六本木の魔女だという占い師の館で、秘密の薬を買ったのは、夏休みの後半のことだった。

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 今日は、通い慣れたスーパーマーケットに立ち寄った。国道添いの駐車場の広い大きな店だった。内部を、うろうろとしていた。こうしている内に、その晩の、食事の内容が決まることは、良くあることだった。

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 「天むすび」の試食会があった。白い帽子をかぶった板前さんが、威勢のよい声をあげながら、つぎつぎと器用にむすんでいた。お城の金のしゃちほこを描いた旗が、棚引いていた。なるほど。あれからのアイデアだったのか。試食をしてみた。味は、いまいちだった。しかし、天むすびの形が、気に入っていた。前からコンビニでみて、カワイイとは思っていたのだ。ご飯の中から、頭と尻尾だけを出している海老が、カワイイ。鷹さんにも、似合うだろうか。頭から食べてもいいし、尻尾から食べてもいい。胴体から、むしゃむしゃと齧ってもいい。自由さが、気に入っていた。海老などの食材を買った。帰宅した。

3・亜季絵

 亜季絵は、自分の体操服に包んできた。汗臭かったと思う。今日は暑い日だったし、真稀子はいつもの制汗スプレーを付けるのを、鷹彦さんショックで忘れてしまっていたから。汗の塩味が染みて、おいしくなっているかもしれなかった。

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 すべてを知っている二年生の牟礼田君も、生かしておくわけにはいかなかった。こっちは、もう少し遠慮がなかった。スーパービキニ・タイプの、きついのショーツの中に入れておいた。学校から帰宅して、スーパーマーケットに行って帰ってくるまでの間の四、五時間だけだった。取り出していた。ぐったりとしていた。かすかに息があった。

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 痩せた牟礼田君には、重労働だったらしい。ぼきぼきに、全身の骨が折れていた。血も流れていた。真稀子は、生理用のナプキンを付けていて、よかったと思った。高級なシルクのショーツを、汚すところだった。彼は、真稀子のオリモノの分泌物で、すっかりとコーティングされていた。それは口の中にも鼻の穴にも、いっぱいにつまっていた。赤い泡が立っていた。息が、できなかっただろう。

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 もうすこし別な種類の、とろりとした液体もあった。自分が感じていたのがわかった。さすがに後輩の二年生の男子生徒が、股間で暴れているという感触は、自分の指とは比較にならない強烈さだった。真稀子は週に二回は、鷹さんのいない夜に自分を慰めていた。そのどの体験よりも強烈だったことは、牟礼田君に感謝すべきことだった。

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 牟礼田君も、本望だったと思う。彼が自分のことが、好きなのは分かっていた。鷹先輩に遠慮して、気持ちを押さえていたのだ。しかし、胸元や腰や足に絡み付くような、男の子の欲望のギラギラする視線を感じていた。

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 短い時間だったが男の子の、いちばん見たい、触れたい、知りたい女の子の神秘の部分に、案内してあげたのだ。感謝して、くれてもいいだろう。全身で、真稀子を感じていただろうか。薄い茶色の陰毛を、時折、何かの信号のように、つんつんと内部でひっぱってくれているのが、楽しかった。

         *

 真稀子は美しい顔を上げて、天井を向いていた。喉の食道を、まっすぐにした。足首であったらしい部分を持って、口の真上にぶらさげていた。ごくり。飲み込んでいた。食道を下り、彼が胃の中に入ったのが分かった。小腹が、はっていた。夕食を作っている時間ぐらいは、空腹が治まっていてくれるだろう。真稀子は、うなり声を出した。ちょこちょこ。胃の底が、くすぐったい。初体験だった。暴れてくれているのだ。嬉しかった。満足そうにTシャツの上から、胃の上をなぜていた。ぺろん。舌なめずりをしていた。お菓子の箱の絵の女の子のようだった。

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 鷹さんの目の前で、亜季絵のセーラー服も下着も、びりびりと引き裂いていった。真稀子の汗に柔らかくなっている。濡れたティッシュのように簡単だった。海老の皮を剥くよりも、よほど容易な作業だった。海老と違って、亜季絵が、悲鳴を上げ続けていることが嬉しかった。良く通る声だった。さすがに中学の文化祭のカラオケ・コンテストで、真稀子の三連覇を阻んだだけのことはあった。

         *

 腰の辺りを中心に全裸の二人は、白いご飯に閉じこめられていた。手足をばたばたしていた。亜季絵は、炊いたばかりのご飯が、素肌に熱い。やけどするなどと、盛んに文句を言っていた。真稀子の手にも、熱かったのだ。そんなことには耳を貸さなかった。小さなことだった。鷹さんの方は、野球部のユニフォームを着せたままでいた。此の方が、お腹に入った時に、ゆっくりと消化されると思っていた。強酸性の胃液でも、たとえば野球のスパイクを消化するのには、ある程度の時間がかかるだろう。胃壁の襞でも、鷹さんの存在をできるだけ長く感じていたかったのだ。

         *

 二人だけでは、成長期で食欲のある真稀子には、とても分量が足りなかった。天むすびは、全部で十個作った。インスタントだが、しじみの味噌汁も作った。牟礼田君が、ほどよく、とろとろに、消化されたのだろう。吸収が始まっているのかもしれない。かえって食欲が増していた。奈良漬けも、ぼりぼりと噛んだ。自分の食欲を、見せ付けてやったのだ。頭から齧った。尻尾から、がじがじと齧った。一思いに口に入れた。一気に食ったり、少しずつ食ったりした。どのパターンで食べて欲しいか、選ばせるつもりだったのだ。二人とも泣いていた。それどころではなかった。

         *

 別に、どれというリクエストもなかった。真稀子自身が、方法を決めることにした。亜季絵は、足の方から食っていった。足首の辺りで噛み切った。ほとばしる赤い血が、しょっぱくて旨かった。ちゅう。ちゅう。啜っていた。あまりにも簡単だった。あんなに真稀子を口ぎたなくののしって、うるさかった。それなのに、すぐに静かになった。あまりにも、もろかった。面白くなかった。

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 亜季絵は、ぐったりとしてしまった。ピンクの少女の血色の良い身体が、青くなった。それから、透き通るように白くなった。血をぬかれたためだった。わざと大きな音をたてて、ばりばりと噛み砕いた。食っていった。もぐもぐ。膝まで食べた。太腿まで食べた。天むすびの方向を、回転させた。

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 頭を首の辺りで、かりんと噛み切った。もう血も、わずかにしか出なかった。舌の上に乗せた。梅干しのタネのような頭部を、鷹さんに見せた。舌の上をコロンと転がった。悲鳴を上げていた。快感だった。カリリ。奥歯で噛むと、簡単に割れていた。砕けていた。飲み込んでいた。脳味噌の味なのか。けっこう、うまかった。蟹味噌に近い風味があるのだった。

         *

 鷹さんは、白いご飯から出た顔に、心をこめて、そっとキスをした。真稀子のファースト・キスだった。もっと幸福な状態でしたかった。頬に涙が流れた。さらに、小鳥のように数回。それから。上下の唇で、挟んだままにしておいた。

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 長い長い間。

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 もっと奥まで。ぱくり。胸まで口に入れた。口の中の洞窟に、鷹さんの悲鳴が木霊していた。舌の先で、突いたり舐めてやったりしていた。両手でなんとか舌の筋肉を押し返そうと、戦っているのがおかしかった。勝負になるはずがないのに。出してやると、あえいでいた。酸素を求めているのだった。窒息しそうだったのだろう。おむすびの部分を右手に握ったままでいた。

         *

 それから口の中を、いったん緑のお茶で、ぶくぶくと洗うようにして、清めていた。亜季絵の血の臭いがしていることに、ようやく気が付いたのだった。気分が良くなかった。あんな淫乱な女と、自分の清純な思いのこもったキスを、一緒にされたくはなかった。ぱくん。鷹さんを口にいれた。

         *

 舌の上で暴れさせていた。長い足が、口腔の天井を蹴っていた。濡れた粘膜へのスパイクの刺激が、ちくちくとして快感だった。手が、頬を内側から殴っていた。かゆいような。くすぐったいような。微妙な快感があった。鷹さんの大奮闘と、真稀子のだ液の消化酵素で、ご飯が、ほろほろとほぐれていた。
         *

 鷹さんを、飲み込まないように苦労しながら、まずそれだけを喉の奥に、舌で器用に選びながら、運びこんでいた。口の端から、よだれが垂れ下っていた。その間にも、鷹さんの身体を舌で、口の中の前後左右にぶつけていた。前歯の裏側にも、たぶん頭が激突していた。ごちん。音がした。「イテエ!」鷹さんが、悲鳴を上げて叫んでいた。これは、おかしかった。「ぶっ!」吹き出してしまった。

         *

 ご飯粒を、テーブルの上にばらまいていた。あやうく鷹さんを、彼には十メートルは下の、テーブルの表面に、激突させてしまうところだった。間一髪。両手で受けとめていた。「ごめんなさい!」唾液にまみれた鷹さんに謝っていた。それから。「バイバイ!」悩む暇を、自分に与えたくなかった。エンピツ削り器の中で、飼いたくなるかもしれない。手を口に持っていった。

         *

 ごくん。生きたままで、噛まずに飲み込んでいた。丸呑みだった。鷹さんは、お腹の中でも真稀子の予想通りに、男らしく強靭だった。必死に抵抗を繰り広げていた。まだ体力があるのだった。ぼこん。赤ちゃんに、内側から蹴飛ばされたお母さんのようだった。腹筋から乳房までが動いた。鷹さんを妊娠したようだった。ぼこん。お腹を、片手でぽんぽんと叩いていた。励ましていた。「ほらほら。がんばりなさい」ぼこん。ぼこん。

          *

 やがて、すっかり静かになった。しじみの味噌汁を、自分専用の猫柄の茶わんで、静かに飲んでいた。大きなため息を、一回だけしていた。ぷふわあっ〜。血臭がした。ユニフォームも皮膚も、溶かされてしまったのだろう。

         *

 T中学校屈指のピッチャーとキャッチャーは、真稀子のお腹の中で再会したのだ。これからも、あそこの中で、ずっとバッテリーを、くんでいてくれるだろうか。二人の男の小学校からの、野球を仲立ちにした熱い友情の絆。それを引き裂いた原因が、自分にあることに、真稀子は、まったく気が付いていなかった。でも、茶髪の頭を、無人の台所で誰にともなく、ぺこりと深く深く下げていた。美しい顔をあげると、口から大きなゲップが出そうになった。鷹さんのたましいかもしれない。もったいないので、それもごくりと飲み込んだ。
「ごちそうさま」
(終わり)

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