保健委員・藤原くんの長〜い1日

 五時間目の授業が始まったばかりの校内は静まり返っている。
 そんな中、2年C組の保健委員・藤原洋史は同級生の手を引いて一心不乱に保健室を目指し、
廊下を足早に突き進んでいた。
「……あ、あの、藤原くん……もうちょっとゆっくり……」
 洋史に手を引かれている女生徒が、困惑した表情を浮かべる。
 女生徒の発言にハッ、と我に返った洋史は足を止め、少しテンポを落として歩き始めた。
 
ガラガラガラッ
「すいませーん」
「あら、2年C組の藤原くんじゃない。珍しいわね。急病?」
「そうじゃないんですけど、困ってまして」
「患者さんはその娘ね。お名前は?」
「……深山澄音です。よろしくお願いします」
「あらあら。あなたが男子生徒の間で評判の深山澄音さん?」
 内気そうで“薄幸の美少女”然としたルックスの持ち主である澄音は男子生徒の間では
アイドル的存在である。その澄音が目の前にいると言う事実に保健医・稲村紀恵子は上機嫌な
ようで、ニコッと笑って澄音の手を握った。
「それで、深山さんはどんなご病気?」
「……いえ、それが……病気じゃないんですけど、何と言うか……」
「話しにくいこと?」
「……」
 気恥ずかしさから自分が置かれている状況をどうにも上手く説明できない澄音は黙りこくって
しまう以外の行動を思い付けなかった。
 そんな澄音の態度を見て、洋史が助け舟を出す。
「じゃあ、僕が説明します。昼休みのことなんですけど――」

 昼休み。
 校庭で弁当を食べ終えた澄音が教室に戻って来ると、何人かの女生徒が言い争っていた。
「ちょっと、宇野さん。学校にピアスなんかして来ていいと思ってるの?」
「いーじゃん。授業中は外してるんだし。あんた、風紀委員だからって細かいトコまでうるさすぎ。
大体、あんたなんてオシャレの『オ』の字も知らないってな顔でツンツンしてるからさ、男が
近寄んないんじゃない。わかってる?」
 宇野朋佳が吐き捨てた言葉に、風紀委員・塚田喜子は引きつった笑いを浮かべながら切り返す。 
「とにかく、それは没収。今ここで私に預けたら放課後に返してあげるから今すぐ渡しなさい」
「なんであんたに命令されなきゃいけない訳?」
「決まってるじゃない。校則違反だからよ」
 さすがに「校則違反」と言う単語の後に話がどう続くか容易に想像が付いた朋佳は観念し、
両耳のピアスを外して喜子の手のひらに置いた。
「じゃ、今から先生のところへ報告しに行くわ」
「なんでよッ! あんたさっき……」
「私は『ピアスを放課後に返す』とは言ったけど『先生には黙っててあげる』なんて言ってないわよ」
「冗談じゃないわよっ! どうせチクられるぐらいなら、返してっ!」
 朋佳はそう言って喜子の手から強引にピアスを取り戻そうとした。しかし――二つあるピアスの
うち一つは、朋佳の手に戻らず宙を舞った。
「深山さん、危ない!」
「……えっ?」
 やり取りの一部始終を呆気に取られながら見ていた澄音は、喜子の声がどんな危険を知らせて
いるのか一瞬、判断に戸惑った。

 ――ぱくっ。
 
「あぁぁぁぁぁぁーっ!!!」

 ――ゴクリ。

 朋佳は宙を舞ったピアスが澄音の口に飛び込んだのを見て驚き、大声を出してしまった。それに
驚いた澄音は条件反射的に口の中へ飛び込んだピアスを飲み込んでしまう。
「……どうしよ……」
 しかも、運悪く2年C組の五時間目は体育だった。もし動き回ったらピアスの針が胃壁に刺さって
しまうかも知れない。結局、表向きは腹痛と言うことにして洋史が澄音を保健室へ連れて行き
紀恵子に相談すると言うことでその場を収拾したのであった。

「――そう言う訳で、深山さんをここに連れて来ました」
「なるほどねぇ」
二人は他人事のような顔をして話を聞いている紀恵子の態度に一抹の不安を感じた。
「……やっぱり、手術とかしなきゃいけませんか?」
「いやー、別にそんな大がかりなことしなくてもアタシの手にかかればなんとかなるわよ」
「本当ですか?」
 洋史は半信半疑ながら、他に頼るものも無い状況だったので紀恵子の指示を仰ぐことにした。

「じゃ、藤原くんはこれに着替えてくれる?」
「何ですかこれは?!」
 洋史が驚くのも無理はなかった。手渡された衣装と来たら、まるで全身タイツのようである。
「最先端医科学研究所特注の通気性・耐酸性スーツよ」
「耐酸性って一体……」
「あー、質問は後でね。こっちの準備もあるから早く着替えて頂戴」

 数分後。
「じゃ、ここに入ってくれる?」
「これって普通のロッカーじゃ……」
「カモフラージュってやつよ。とにかく入った入った」
 紀恵子は洋史を強引にロッカーへ押し込み、机上の怪しげな端末に「0.01」と入力して
「S」と書かれたスイッチを押した。

 ビカビカビカッ

 ロッカーの中で強い光が放たれたのが外からでもわかる。
 紀恵子は恐る恐るロッカーを開き、そこに洋史の姿を――176センチでなく1.76センチに
縮小していたが――確認すると、満足げな表情で検尿用の紙コップを差し出した。
「あ、あの、先生、これってつまり……アレですか」
 洋史は思いっ切り大声で叫びながら紀恵子に質問したが、紀恵子の耳には蚊が鳴くような
か細い声にしか聞こえなかった。
「……そうよ。これは裏通販で学生の頃からコツコツ積み立てた貯金を全額つぎ込んで入手した
物体拡縮マシーン」
 紀恵子は洋史の鼓膜を破ってしまわないように気を遣いながら、ヒソヒソ声で答えた。
「要するに先生は、今から僕に、その……深山さんの体の中へ入れと」
「そーゆーこと」
 任務を背負わされる身にとってはトンでもないことを軽々しく肯定した紀恵子の態度に、
洋史は怒りと失望が交錯した複雑な感情を抱いたが危険な状況に置かれているクラスメートの
身を案じる気持ちを優先し、覚悟を決めて人体と言う未知なる秘境の探検に挑むことにしたので
あった。

 紀恵子の差し出した紙コップに入れられて、机の上に運ばれた洋史は最初に“命綱”を
結んでもらった。“命綱”と言っても、実際は手術用の縫合糸だが。命綱を体に固定する作業が
終わると、紀恵子はゴム製のキャップを洋史に手渡し、これから実行する作業の説明に入った。
「深山さんの口から胃の中へ入ったら、何を差し置いてもピアスを探して頂戴。お昼に食べた
お弁当の消化が進んでなかったら見つかりにくいかも知れないけど――ピアスが見つかったら、
針にキャップを取り付けて安全を確保。ここまでの作業が済んだら、ピアスと一緒に引っ張り
上げるから命綱を引っ張って合図してくれる?」
「了解しました。だけど、ピアスが十二指腸より奥に行ってしまった場合はどうします?」
「そうねえ。縫合糸は全長75センチだから小腸の途中までしか届かない計算ね。その時は
二度手間になっちゃうけど一旦、引き返してくれる?」
「はい」
「じゃ、始めるわよ」
 ここまでの経緯を何も知らされていない澄音は、ベッドの上で仰向けになってじっと待機
していた。こうしてじっと横になっていると、胃袋が活発に蠕動しながら大量の胃液を分泌して
昼食をドロドロに消化しているのが感じられる。
「お待たせ」
「……やっぱり、病院行かなくちゃ駄目ですか」
 澄音の問いに対し、紀恵子は首を横に振った。
「深山さんはそこで寝てればいいわよ。後は藤原くんがやってくれるから」
「……え?」

 紀恵子の発言が何を意味するのか澄音には理解出来なかったが、紀恵子が差し出した
紙皿の上で縮こまっている人間――にしては、それは余りにも小さすぎたが――を見て、
思わず絶句した。
「……藤原くん?」
 紙皿に乗せられたミニ人はこく、こくと首を縦に振る。
「あの、先生、もしかして藤原くんは私の……」
「そゆこと。今から藤原くんが深山さんの胃の中に入って、ピアスを回収してくれるのよ」
「……でも、危なくないですか? もし私のお腹の中で消化されちゃったりしたら……」
「心配しないで。ちゃんと耐酸性スーツを着てるし、危険なことは無いから」
「……はい」
 正直、澄音は自分の体内に他の人間――それも、異性が入り込むと言うことに何とも形容
し難い気恥ずかしさから来る抵抗を感じずにはいられなかったが、ここで紀恵子と自分のために
危険を覚悟で体内に飛び込もうとしている級友の好意を無にする訳には行かないと自分に
言い聞かせ、紀恵子の提案を了承することにした。
「はい、お口を開けてー。あーん」
 澄音は可愛らしい口を控えめに開いた。その開いた口を目掛けて、紀恵子はゆっくりと
縫合糸のクレーンに吊り下げられた洋史を下ろして行く。
(……暖かい……)
 それが、澄音の口の中で洋史が抱いた第一印象だった。

 気管から緩やかで生暖かい風が口の中を吹き抜け、口腔粘膜から分泌される唾液の湿気が
スーツ越しに洋史の肌を愛撫する。遠目から見ると鮮やかなピンク色で可愛らしい澄音の舌が、
至近距離で見るとザラザラした表皮の怪物にも見える。
 縫合糸のクレーンはさらに降下を続ける。苦みを感じる舌の付け根は先端と違って味蕾の
粒が粗い。ふと後ろを振り返ると、そこには恐らく他の男子は誰も見たことが無いであろう澄音の
口蓋垂がちょこんと垂れ下がっている。澄音はクスクスと口元を押さえて笑うことはあっても、
ゲラゲラと大口を開けて笑うことは少なくとも、人前では決してしない。そんな娘なのだ。

 ぴとっ
 
 洋史の足が喉頭の上に乗り、縫合糸のクレーンが止まった。
「そのまま飛び込んで頂戴」
 頭上から紀恵子の声が聞こえる。洋史は自分が入って来た方向を確かめると、意を決して
食道へダイブした。

 ごくり!

 嚥下の音が保健室に響き渡る。

 ……ゴクン、ゴクッ、ゴクン……

 食道はまるでウォータースライダーのようだ。「トンネルのような役割」と形容されることが
多いが、実際は先が見えないウォータースライダーのような感じである。厚さ3ミリの食道の
筋肉は猛然と波打ち、洋史の全身を広大な胃袋へ送り込まんとしている。
 やがて、洋史の目前でキュッと閉じられた食道の終着点――噴門がグワッと力強く開き、
洋史は鉄砲玉のような勢いでご飯粒や野菜の欠片が浮かぶ胃液の海へと投げ出された
のであった。

 食物が胃に到達してから消化され、十二指腸へ送り出されるまでおよそ2時間から4時間。
現在の時刻は1時30分、澄音が昼食を終えてから40分が経過していた。
 胃の中で絶え間なく、ダイナミックに繰り広げられる消化活動は中盤の山に差しかかろうと
しているところだったが、今は蠕動運動の休止点にあるらしく胃の中はひと時の静寂を迎えて
いるところだった。
 腹八分目に食物が収められている胃の中は広大さを感じさせず、天井と壁からジワジワと
わずかに原形を留めている食物を消化し尽くすべく胃液が沁み出している。
「……この中からピアスを探すのか」
 それが途方も無い作業であることは容易に想像が付いた。もっとも、一時間もすれば食物は
消化し尽くされて十二指腸へ送り出されるので胃底部に沈んでいるであろうピアスを多少は
見つけやすくなるだろうが、それは同時に胃壁を傷付けるリスクがそれだけ大きくなることを
意味する。それに、いくら耐酸性スーツを着ているからと言っても胃液の海に潜って長時間の
活動が出来るかどうか不安が残る。となれば、消化活動に任せて胃底部に沈んでいるで
あろうピアスが自然に打ち上げられるのを待つ方が賢明そうだ。
 そんなことを考えているうちに、蠕動の波がうねり始めた。

 ……トロトロトロトロ……
 澄音の胃袋が音を立てて蠕動し、食物と胃液を混ぜ合わせる。その音は保健室に響き、
 ベッドの上で仰向けになっている澄音の羞恥心を掻き立てるのに十分すぎる威力があった。
(……きっと藤原くんもお腹の中でこの音を聞いてるんだ……どうしよ……)
 澄音は思わず両手で胃のあたりを押さえたが、そんなことをしても動物的本能に従って
自らの内に取り込んだ食物を消化しているに過ぎない胃の動きを止められないのは自明の理
と言うものである。

 洋史は噴門に近い部分の襞に両手両足を突っ張り、猛烈な勢いで襲いかかる蠕動の波を
こらえるのに必死だった。何度も胃液の波をかぶり、足を滑らせて胃液溜まりに転落しそうに
なったがやがて蠕動は終息し、胃の中に束の間の平静が戻って来た。
 洋史は慎重に胃液溜まりの湖岸へ降り立ち、その湖面に異物が浮かんでいるのを確認した。
「あれか……」
 ピアスの位置までは少し距離がありそうだったが、泳いで行けない距離ではなさそうだ。
それに、早くピアスを引き上げないと再び胃液溜まりの底に沈んでしまう恐れがある。
 洋史は意を決して胃液溜まりに飛び込んだ。胃液は普通の水に比べて粘りがあって、
クロールには適していない。野菜屑をビート板代わりにしながら犬掻きで慎重にピアスが
浮かんでいるポイントまで近づき、ピアスの針にゴム製のキャップを取り付ける。
「これで安全は確保出来たな」
 次はいよいよピアスと一緒に引き上げてもらい、作業完了だ。ようやく一苦労した作業が
終わりを告げようとしていることに安堵しながら洋史はピアスを抱えながら胃壁の湖岸まで
戻って来た。しかし、そこで彼を待ち受けていたのは作業の終わりではなくさらなる苦難の
幕開けだったのである。

 嵐のような蠕動が治まり、心臓の鼓動だけが遠くから響いて来る胃壁の岸で、洋史は唖然と
する事実に直面してしまった。
「……なんてこった」
 自分の背中に括り付けられていた命綱、つまり縫合糸が切れて――正確には、溶けて
しまっていたのだ。その原因はすぐに判明した。
 縫合糸と言うのは大別して吸収糸と非吸収系の二種類が存在する。吸収系はその名の通り、
後で抜糸をしなくてもいいように切開した内臓を縫合する際に使われるタイプで、二週間から
三ヶ月で水に溶けるか抗体に分解されるかしてしまう。対する非吸収系は開腹手術の処置や
断裂傷の縫合に使用するタイプで、後で抜糸をする。非吸収系で多く使用されるナイロンは
pH2でも短時間なら分解されない種類もあるのでpH1未満の濃塩酸である胃液に潜って作業を
するのであれば当然、他の選択肢を排除して使用すべきものである。つまり、紀恵子が間違えて
吸収性の――それも、相当な短時間で分解される縫合糸を使ってしまったのだ。
 洋史はやれやれと言った感じで無惨に溶けた縫合糸の端を掴み、ピアスに縛り付けて固定
するとクイッ、クイッと引っ張って紀恵子に合図を送った。ほどなく、紀恵子は糸を引っ張り上げる。
ピアスはスルスルと糸に引っ張られながら噴門の奥へと消えて行った。恐らく、二人は洋史の
姿が無いことを不審に思うだろうが仮に紀恵子が体内の状況をわかっていても危険物である
ピアスを澄音の体内から除去するのを優先し、洋史の救出は二度手間になってでも後回しに
すべきだと判断するように彼には思えてならなかった。

 ……ゴゴゴゴゴゴッ……

「しまった!」
 再び蠕動が始まったのだ。澄音の胃は自分の内に取り込んだちっぽけな級友を、至って単純な
原始的本能に従って消化しようとしている。洋史は心なしかさっきよりも細かく分解されたように
思われる食塊が浮かぶ荒れ狂った湖面に投げ出された。

「まずいわね。いくら耐酸性スーツを着ていても長時間、胃液にさらされての作業は危険だわ」
「……お水、くれませんか」
 澄音は動揺するでもなく、紀恵子の方を向いてか細い声を発した。
「あぁ、そうね。pHを中性に近づければしばらく保つかもね」
 紀恵子は冷蔵庫から『桃板の銘水』の500ml入りペットボトルを取り出し、澄音に手渡した。

 ……ゴクン、ゴクッ、ゴクン――――――――――――――――――――ドバァーッ

 蠕動の嵐に揉まれていた洋史に、突如として噴門から降り注いだ鉄砲水が襲いかかる。
「うわぁーっ」

「上々ね。これでしばらくは消化されないでしょ」
 紀恵子はそう言いながら澄音のお腹を平手で軽く叩いてポチャン、ポチャンと音を立てながら
囃し立てた。
「それじゃ、藤原くんを救出する方法を考えましょ」
「……」
 澄音は生まれて初めて激しく蠕動する胃の活動を実感した。そして、その中で揉まれているで
あろう級友の安否に一抹の不安を感じずにはいられなかった。

 結局、紀恵子は洋史を澄音の体内から救出することを断念せざるを得ない状況に
追い込まれてしまった。何故かと言うと、下準備の段階で既に洋史が消化された食物と一緒に
幽門を通り抜けて十二指腸へ流し込まれてしまったことが判明するまでにさほど時間が
かからなかったからである。
時計の短針が3時を回ると澄音は空腹を感じるようになり、それに呼応するように胃はグゥー、
キュルルルととても異性には聞かせられないようなけたたましい音を立てて先客の不在を知らせ始めた。
「あーあ、手遅れだったみたいね」
「そんな。私は、と言うより藤原くんはどうすればいいんですか」
「まぁ、ピアスは回収出来たんだし藤原くんは明日になったら出られるわよ。ここからね」
 そう言いながら紀恵子は澄音のお尻をパン、パンと軽く叩いた。
「そんなぁー……」
「明日は休日だし、そんな騒ぎになることも無いでしょ。藤原くんはあさってここに
連れて来た時に元の大きさに戻してあげるから、ねっ」
「……」
 澄音は紀恵子に言いくるめられるまま、トボトボと帰途に着いたのであった。

 その頃、洋史は十二指腸で茶色く濁った液体――胆汁を全身に浴びせられ、
難儀してるところだった。言うまでも無く、この色が排泄物の色を形作っているのだ。
その色は自分の行く先を暗示しているかのようで正直、余り気分の良いものでは
なかったが、だからと言ってここで朽ち果てる訳には行かない。

 その日の晩、澄音の両親は法事で田舎に出かけていて留守だった。澄音は空腹では
あったが、自分の体内にいる級友のことを思うと食事が喉を通らない。結局、この日の夕食は
食べずにシャワーを浴びて早めに寝ることにした。

「ふぅ……」
 少女の白い肌をシャワーから放たれた湯がしたたり落ちて行く。湯の温もりが少女の腹を
温め、少しずつ肌を通り抜けながら内臓を刺激する。

「なんだか暑くなって来たな」
 視界が悪く、おびただしい繊毛が足に絡み付いて歩みを妨げる小腸の中で洋史は芋虫のように
這いつくばりながら外から伝わって来る熱気を感じていた。
「腹減った……」
 しかし、食べられそうな物は何も見当たらない。いや、食べ物――だった粥状の物体は自分の
足を浸しているが、栄養分は自分の足に絡み付く繊毛から吸い取られてしまっているし四種類の
体液が混ぜ合わさって食欲を著しく減退させる色に染め上げられてしまっているその物体を
口に運ぶのは、いくら空腹だとしてもためらわれた。

 澄音が寝間着に着替えてベッドへ入ろうとした時、インターホンが鳴った。

 澄音のもとを訪ねた突然の来客は、同じクラスの佐伯潤也だった。
 潤也は表向き「やり手」の生徒会委員として教師に信頼されているが、やれ水泳部員だ音楽教師だと
浮いた噂も絶えない。澄音としては、両親が留守の所にそんな男を招き入れるのは抵抗がある。
「何の用?」
「実は、うちのクラスの藤原なんだけど」
「……え?」
 澄音は一瞬ビクッとした。しない方が変だろうが、まさか洋史が現在どのような状況に
置かれているかをここで説明する訳にも行かない。
「午後の授業に出なかったし、どうも家に帰ってないらしくて親御さんが『何か事件に
巻き込まれたんじゃないか』と俺の家に電話して来たんだけど。で、最後に藤原と会ったのは
一緒に保健室へ行った君しかいないだろうから」
 至って正論だが、澄音としてはとても真実を話す気にはなれない。
「何か知らないかな」
「……知らない……」
「本当に?」
「……確かに藤原くんは、私を保健室に連れて行ったけど、その後で藤原くんがどこへ
行ったかは、知らない……」

 澄音の表情が青ざめるのに連動して、体温が低下する。
「なんだか寒くなって来たな」
 どこまで続くとも知れない長さの小腸はもうすぐ抜けられるはずだ。洋史は回盲弁を目指して
必死に這いつくばり、前進の歩みを速めた。

 元から演技派ではない澄音の動揺は、ますます澄音を窮地に追い込んだ。
「どうしたの、顔色悪いよ?」
「……そう? しばらく寝てれば直ると思うけど」
「心配だなあ。しばらく一緒にいてあげようか」
 潤也はそう言って両手で澄音の頬を押さえつけ、首を横に振れないよう牽制しながら視線で
同意を求めた。この強引さには、いくら澄音がこの男を警戒していたとは言え、己の無力を嘆くしか
選択肢は残されていない。

 グゥ〜〜〜ッ

 澄音の表情がたちまち青から赤へ変色する。しかし、潤也は落ち着き払っていかにも相手を
気遣っているような表情を作りながら、澄音の頬を挟んでいた両手をパッと離した。
「ご飯、食べてないんだ」
「う、うん。なんか、色々あって食べそびれちゃって……」
「フーン、色々ねぇ。じゃ、上がらせてもらうよ。出来たら持って行ってあげるから、君は寝てなよ」
 こうして、潤也はまんまと警戒線を突破して敷居を跨いだのであった。

「……なんてこった」
 繊毛に足を引っ張られたり腸運動で押し戻されたりしながらようやく小腸の終着点へたどり着いた
洋史の前に、回盲弁が立ちはだかる。
 この回盲弁と言うのは大腸の中身が小腸へ逆流するのを防ぐ一方通行になっている。どう言う訳か
食道と連動していて、何かを飲み込まないと開かないのだ。
 しかし、外部との連絡手段は断たれているに等しいしあと小一時間すれば消化物が追い付いて
溺れてしまうだろう。それでも為す術は無さそうだった。

「あとは、夜食にでも期待するだけか……」
 そう思った途端、グワッと大きな音を立てて洋史の目の前で回盲弁が開いた。
「奇跡だ……」
 洋史が身を乗り出すまでも無く、回盲弁は本能に従って彼の全身を大腸へ押し出した。しかし、
彼が目の前で起こった“奇跡”の真相を知ったら、どんな心境になるであろうか。

 潤也は澄音をリビングのソファで寝かせて台所をゴソゴソと漁り始めた。が、お湯を沸かしたり
包丁でまな板を叩いたりといかにも料理を作っている風な物音を立てるだけで、本当に料理を作ろうと
言う気はさらさら無かったし、その腕も彼は持ち合わせていない。
「どう? 気分は良くなったかな」
「……あんまり……」
  潤也は澄音の額、そして両目を覆うように濡れタオルを当てた。
「……ご飯、出来た?……」
「あー、とっくに出来てるよ。食べさせてあげるから、口を開けてごらん」
「……こう?……」
「もっと大きく!」
 潤也は「もっと」に力を込めた。一連の経緯に振り回されて疲れが極限に達し、冷静な判断力を
失っている澄音は言われるがままに目いっぱい口を開いた。
「うん、いい感じだよ。それじゃ、食べさせてあげるよ――極上のをね」
 潤也の口元がニタッと歪む。

 澄音の舌が、人肌の温もりを感じる。
「!!」
 いくら濡れタオルで目隠しをされていても自分の口に入れられた物体が何であるかは自明であった。
もちろん、そう言う意味での男性経験が皆無の澄音であるからその温もり・形状・硬度・臭いが
小耳に挟んだ知識に一致した結果が、自分の口内で暴れている考えるもおぞましいモノであると言う
意味で「自明」と言うことだが。
 潤也は両手で抱えるように澄音の頭を固定し、若さ溢れる突肉を縦横無尽に振りながら挿入感を
心ゆくまで愉しんだ。
 ヌプッ、ピチャッ、ジュルッ。
 淫靡な音が室内に響き渡る。
「上手い上手い。初めてにしちゃいい筋してるよ」
 口内を虐げられている澄音の返答は、もちろん無い。突肉の先端が澄音の口蓋垂にピタッ、ピタッと
へばりついて潤也の全身にピリピリと心地良い刺激を与える。
「ハァ、ハァ、ハァ……来るッ」
 澄音の目から涙がこぼれ出し、両目を覆う濡れタオルの水分と混じり合う。
「ウッ!」

 ドクドクドクドクッ

 潤也の突肉からありったけの精が溢れ出し、生暖かい感触が澄音の喉を犯して行く。
「……全部飲めるよね?」
 潤也は澄音の頭を抱えている両手に力を込めると自分の方に向けて縦に二回、コク、コクと
倒してさっきと対照的な心底からの笑みを浮かべた。

 潤也が放った精は澄音の食道、そして胃壁を一条の筋を描きながら滑り降りてゆく。食道は
ありのままに、規則正しく飲み慣れない液体を胃へ送り届けるために収縮し、それに連動して回盲弁が
開かれたのだ。
 回盲弁で立ち往生していた洋史は、そのような外の状況を知る由も無く最後の難関である大腸を
突破することで頭が一杯だった。
 幸い、大腸は小腸に比べて腸壁の造型が粗くそれだけで歩みを妨げることは無さそうだった。
この先に鎮座しているであろう最大の障害物を除いては。

「ぷはっ」
「どうだい? 美味しかっただろう」
「……」
 澄音には潤也の問いに対して何かリアクションを起こそうと言う気力は残されていない。
「もっと色々教えてあげるよ」
 潤也はそう言いながら、澄音の寝間着をスルスルと手際良く脱がせ始めた。

 一刻も早く体内から脱出すると言うことに関して洋史が抱いていた不安は、全くの杞憂であった。
洋史はこの先に固形で巨大な腐臭を放つ障害物が鎮座していることを覚悟していたのだが、幸いにも
腸壁にところどころオブジェのように存在するそれは食物繊維を多量に含んだ軟性であり、洋史の
歩みを妨げるものではなかった。
「そう言えば、深山さんは肉が嫌いって言ってたっけ」
 洋史は横行結腸と下降結腸を一気に駆け抜け、S字結腸へ差しかかろうとしていた。

 潤也はハァハァと息を荒らげながら、力の抜けた澄音の両脚を拡げると薄紅色の裂け目にソロソロと
指を這わせた。
 二本の指をV字型に拡げて奥を覗き込むと、そこには男性経験が皆無であることの証がくっきりと
認められる。心なしか、充血して膨らんでいるようだ。
「嬉しいなあ。今日までとっといてくれたんだ」
 潤也の自分勝手な言いぐさに対し、澄音は激しく首を横に振る。
「初めてだったら、こっちの方が痛くないからさ」
 そう言って潤也は澄音の全身をうつ伏せにひっくり返し、上半身だけをソファに横たえさせた。

「うわっ!」
 突然、天地がひっくり返って洋史の全身は腸壁に付着する排泄物の塊に突っ込んだ。
「……転んだのかな」
 しかし、今は外の状況を考えている余裕など無い。一刻も早く脱出することが最優先だ。洋史は全身を
滑らせるようにしながらS字結腸を駆け抜け、遂に終着点である直腸に到達した。いよいよ最後の関門が
待ち受けている。

「困ったな……」
 体の外へ脱出する為の最後の関門は、括約筋によってピッチリと閉ざされている。どうにかして
この穴を開かないと、今日の昼食の成れの果てに追い付かれて生き埋めにされてしまうのは時間の
問題だ。
「取り敢えず、やってみるしか無いか」
 良心の呵責とかを考えている場合ではない。洋史は両手に力を込めて鮮やかなピンク色の括約筋を
愛撫し始めた。

「あうっ」
 お尻の穴の内側に何とも形容しがたいムズムズした感触が走り、澄音は思わずのけぞった。
潤也は澄音が自分のテクでエクスタシーを感じたものと誤認し、その操を一気に自分の掌中へ陥れようと
両の太腿をガバッと開いた。が、どうも様子がおかしい。
「何だよ、挿れて欲しいんじゃないのか?」
 澄音は返事をする代わりに全身をよじり、肉付きの良い尻を潤也の目前に突き出した。
 水蜜桃を思わせる肉の谷間で、すぼまった穴がヒクヒクと蠢いている。
「ほー。こっちに欲しいなんて随分とコアなリクエストだな。ま、孕まれたりしちゃ堪らんからな――メイン
ディッシュの方はまた今度にしといてやるよ。その代わり、こっちの穴で愉しませてもらおうじゃないか」
 澄音は潤也の発する言葉の意味が理解出来なかった――貫かれる瞬間まで。

「来た!」
 全身全霊を込めて肛門の括約筋を愛撫し続けていた洋史は、腸壁から噴出されるメタンガスの濃度と
ピクッ、ピクッと痙攣する反応の変化に気づき身構えた。しかし――
「?!」
 次の瞬間、禍々しく黒光りする異物が肛門を押し破るように腸内へ割り込んで来た。
その異物の正体が何であるかを男である洋史が理解するのに、そう時間はかからなかった――入る穴を
間違えているかどうかはともかく。

 突如として直腸内に押し入った異物は縦横無尽に暴れ回り、腸壁をゴリゴリと撫で回す。少女は
その刺激に耐え切れず身をよじらせ、肛門をギュッと締め上げる。
「イイッ!」
 潤也は今まで自分が手込めにしたどの異性からも味わえなかった快楽を感じ取り、思わず声を漏らした。

「なんで深山さんが犯されてるんだ?」
 洋史は目の前で起こっている現象が信じられず狼狽するばかりだったが、このままでは眼前で
暴れ回っている異物から生臭くねばついた液体が噴射され、自分もそれを浴びてしまう。それで命を失うと
言うことは考え難いが、やはり気持ちの良いものではない。それに、あの澄音が自分から進んで男に
体を――それも、後ろの穴を自由にさせると言うのはどうも信じられない。無理矢理に犯されているのだと
すれば、保健委員として貞操の危機を救う義務が自分にはあるような気がする。
 巨大な異物は、その先端から無色透明な液体を垂らし始めていた。もうすぐ白濁した液体を発射するだろう。
「ええいっ、これでも食らえ!」
 洋史はそう言うなり異物の間隙を衝いてヘルメットを脱ぎ、その先端に押し込んだ。

「うげぇぇぇぇぇっ!!!」
 潤也はまるで尿結石でも詰まったかのような激痛に見舞われ、慌てて澄音の肛門から突肉を引き抜いて
床の上でのたうち回った。

 深夜2時。
 既に潤也はほうほうの体で自宅へ逃げ帰っている。
 澄音は依然として茫然自失のままソファに横たわっていたが、再び肛門の内側にむず痒さを感じた。
(……藤原くん?)
 洋史は異物を挿入されて緩んでいた肛門の括約筋を必死で押し広げていた。ヘルメットを脱いだので
メタンガスの腐敗臭が鼻を刺激し続ける苦痛に顔を歪めながらも、ここさえ抜け出せればなんとかなると言う
一心だけを原動力に奇跡を信じた。
 次の瞬間、それは起こった。

 プスゥーッ

 それほど大きな音は響かなかった。

「……ただいま」
 まる半日にわたって幽閉されていた少女の体内から脱出し、パンティから這い出した洋史はか細い声で
澄音に語りかけた。
「おかえりなさい……ありがとう」
 澄音は両目に嬉し涙を溜めながら、洋史を手のひらに乗せてつぶやいた。

 翌日、洋史は無事に元のサイズへ戻ることが出来た。が、その後も保健室では別のクラスの保健委員が
失踪する騒ぎが起きている。何人かは2〜3日で姿を現すが、洋史がそうであるように失踪していた間のことに
ついては多くを語ろうとしない。それでは、帰って来ないままの保健委員はどうなったのか?
「たぶん、今頃は消化されて誰かの体の一部になってるんじゃないかな」 

(完)

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